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「うっ、その……」
社長の問いにセルンが言葉を詰まらせると、ニロの落ち着いた声が響いた。はやくも動揺から立ち直ったようだ。
「勢いよく扉を開けたらフェーリにぶつけたのだ。すまない」
「……ぶつけた? 大丈夫かい、フェーリ?」
前髪をかきあげて、社長は私の額に視線を走らせた。
心配してくれる社長に「大丈夫」と答えれば、「うん。そうか。ならよかった」と安心した様子で、ふわっと私の頭を撫でてくれた。
「そろそろ客も到着するだろう。まずは中へ入ろう。さあ、ニロ様もどうぞ」
そう言って社長は私たちを中へ招き入れた。
ぶつけたってことは、ただの事故だということなのかな……?
ちらりとニロのほうを見たが、目を合わせてくれなかった。
ニロが気まずそうにしているわ。やはりあれはただの事故だったのか……。
もしかしたら、と勘違いした自分が恥ずかしくて堪らなくなった。
「お嬢、大丈夫かい……?」
困惑の色を帯びた瞳で、セルンが私を案じてくれた。平然を装い、こくこく頷いてから、ニロの後を追って部屋のなかへ入る。
そうだよ。今のはただの事故だ。最初からずっと仲間だとニロがちゃんと釘を刺したじゃないか。それ以上の関係なんてありえないよ……。
内心で葛藤してつくねんと座っていたら、コンコンと扉が叩かれた。騎士らしい面持ちで応答すると、セルンは社長に声をかけてきた。
「ドナルド様。馬車が到着したようです」
ん、馬車? ……ニロの他に誰かがくるの?
「うん。なら出迎えに行こう。ニロ様はここで少し待っていてください」
「……ふむ、よかろう」
じっと聞いていると、社長に困った顔を向けられた。
「ほら、フェーリ。何をしているんだい、君も行くんだよ?」
あ、そうか、そうだよね……!
慌てて立ち上がり、社長にうなずく。
だめだ、この調子だと社長に怒られてしまうわ。とりあえず今は忘れよう……!
そう心に決めて、社長と共に部屋を後にした。
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