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29. 南の王
かなり緊張して正門に到着すると、そこにはコンラッド家の白い馬車が止めてあった。
馬車の前には、20代後半くらいの男性が凛然と立っている。あ、スーツ着てる。珍しい……。転生してから初めて見たかも。
そんな彼の隣には小麦色の肌が輝いて見える女性がいた。付き人かな?
彼女は普通に王国の護衛らしい服装を身に纏っている。こちらの文化に合わせてくれたのね。
この人が南の王……?
灰色がかったブロンドの癖毛。
顔にかけている丸眼鏡の奥には空虚な、まるで魂を奪われたような黒い目がどこか遠いところを見ている。なんだか少し不思議な人だ。
「ようこそ、ジョセフ様。当主のドナルドです。突然の招待にも関わらず、速やかに応じていただき、感謝しています」
流暢な外国語で社長はジョセフを歓迎した。
社長ほどではないが、貴族の基本的な教養として私も一応周辺諸国の主要な言語を身につけている。
「…………」
奇妙な沈黙が流れた。
なぜかジョセフは社長に挨拶を返そうとせず、その顔はどこか嫌悪の色があった。
そんなジョセフを見かねたのか、付き人の綺麗なお姉さんが喉を鳴らした。
それでやっと返されたのは、素っ気ない挨拶だった。
「……どうも。ジョセフ・オーウェルです」
「ありがとうございます。ジョセフ様、紹介させていただきます。娘のフェーリです」
動揺することなく社長は私を紹介した。
さすが社長、相変わらず完璧すぎる。そう思いつつ、スカートの裾を軽く摘み、膝を曲げる。
「初めてお目に、かかります。フェーリ、コンラッド……でございます」
かなり頑張って自己紹介をした。顔を上げると、ジョセフはつまらなさそうな表情で、「どうも」と冷たく点頭した。
あれ、なんだか嫌われてる……?
違和感を覚えて、ジョセフの顔を見つめると、迷惑そうな表情が返ってきた。やはり嫌われてる……。
どうして、の前に、どうしよう⁇ と焦った時、素敵な笑顔で社長は場の雰囲気を和ませてくれた。
「立ち話もなんですから、とりあえず中へ入りましょう」
「ああ」
短くそう言うと、ジョセフは私を素通りしていった。
軽くショックを受けて呆然とその背中を眺めていれば、ぽつり、と頬に冷たい雨が触れた。
「さあ、聖女様も中へどうぞ」
ハスキーな声で、ジョセフの付き人が私を気づかってくれた。その口元の柔らかい笑みをみて、ホッと安堵する。
こちらには嫌われてないみたい。でも、私は聖女なんかじゃないよ……。そう否定したいところだが、発言に気を付けろと社長に釘を刺されたのよね。微妙な気持ちで彼女にうなずいた。
王国の運命がかかっているから、南の王と友好的な関係を結ばないといけない。それなのに初手から失敗した気がする。
うぅ、気が重いよ……。
げんなりした気分で屋敷のほうへと足を運んだ。
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