2. 怪しげな騎士

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 馬車に揺られ、王都に来てから2週間以上の月日がたった。  最初はセルンと二人で過ごさないために、わざわざ王城の図書館に通ったのだ。  それなのに貴族専用の部屋に案内されて、屋敷と変わらない環境になってしまった。  一緒に来てくれたメルリンは読書の邪魔にならないよう、気づかって外で待ってくれた。  ただ一番傍にいて欲しくないセルンといえば、 「オレはお嬢の見えるところにいる」  と言われる前に侍女たちに宣言したので、結局彼と2人きりになってしまった。  護衛であるセルンは、文字どおり私から一歩も離れることはなかった。  何もしてこないけれど、何げなく雰囲気が怖い。    そうして、にまにまする彼の熱い視線を浴びながら、背筋に冷え汗を走らせる毎日を過ごした。  最近ふと閃いたのだけれど、セルンは俗に言う「ロリコン」ってタイプなんじゃないかな……? 勝手に推測するのは失礼だけど、いや、でも彼はやはり異質だ。  社長やほかの人がいる前では好青年的な雰囲気を醸成している。なのに私と2人きりでいる時にだけ、意地悪そうな表情で必要以上にかまってくるのだ。 『お嬢、手は疲れてない? お茶を飲ませようか~』 『お疲れ様、お嬢。その小さな肩をもみもみしてあげようか~』 『ククッ、気づいてくれた? 今日は砂糖を多めに混ぜておいたお~』  思い返せばこの2週間は地獄だった。  心なしか、セルンに苦手なものをすべて把握され、掌にコロコロと弄ばれているような気がする。勝手に紅茶に砂糖を入れるの、本当にやめて欲しい……。  とはいえ、すべて軽いイタズラ程度のことで実害はない。本当はただのイタズラ好きなのかしら? と思いつつ、やっと彼の存在にも漸く慣れ始めた。  そうして少し安堵を覚えた、丁度その頃だった。 「……宴会?」  ディナーが終わるや否や、唐突にドナルド社長から数日後の宴会に参加して欲しいと言われた。 「うん、ブルック王主催の宴会さ。君より1歳年上の王子、ニロ様も参加する予定でね、年齢が近い君にもぜひ参加して欲しいとのお達しが届いたんだ」  2人にしては広すぎるテーブルの向こうから返事がきた。そしてワインを一口啜ってから、社長はさらに口を開いた。 「もちろん君が嫌がるなら私の方でなんとかするから、無理させるつもりはないよ」  急すぎる話につい無言でいると、社長はそうなだめてくれた。  正直不安で仕方ないけれど、永遠に読書室に引きこもる訳にはいかない。これから暮らしていく貴族社会に馴染むためにも、今回の宴会に出席するべきだ。 「……参加します」  せっかく社長の口から出された初仕事だ、精一杯がんばるよ!  心の中ではそうはり切っているが、多分私の表情は変わっていない。無理していると思われたのか、社長が一瞬だけ心配そうな表情を浮かべた。 「うん。いい子だ」  聞き慣れた褒め言葉を口にすると、社長は優しげに微笑んだ。  いつも思うけれど、完璧すぎる笑顔ね……。  すごいと思って社長を見つめていたら、不安がっていると思われたのか社長は再び口を開いた。 「そうだね。他の貴族との交流であまり構ってあげられないけど、代わりにセルンがずっと君の傍にいるから心配いらないよ。フェーリ」  笑顔でそう保証してくれたが、逆に不安になった。  えぇ、宴会にもセルンがついてくるのか。  軽くショックを受けたが、社長命令に逆らうわけにもいかず、弱々しくうなずいた。 「うん、いい子だ。聡明な君ならきっと大丈夫さ。では、仕事が残っているから私はもう書斎に行くよ。君も食べたら早めに寝なさい」  そう言うと社長は華麗な仕草で口を拭き、部屋を後にした。  相変わらず忙しいわね、社長。あまり力になれなくて申し訳ないわ。  はあ……王子のいる宴会、か。  うぅ、どうしよう、一気に緊張してきた。  コンラッド家のなかの雰囲気からして、ここの貴族はしきたりにすごく厳しい。前世はただの庶民の私には理解できないようなルールがいっぱい存在する。  だからもし王子に無礼を働いたら、このままコンラッド家が終わってしまうかもしれない。うぅ、本当に気をつけないと……。  ああ、これからこの社会で生きていかないといけないのに、うまく馴染めるか分からない。不安で仕方ないよ。  前世もそうだ。  私はただ誰にも迷惑をかけることなく穏便に暮らしていきたいだけなのに、なぜこんなにも難しいの……?  はあ、なんで転生なんかしてしまったんだろう、私……。  思わず長めのため息をつくと、もはや影のようにくっついてくるセルンの声が聞こえてきた。 「子どもにため息は似合わないぞ、お嬢? オレがついてるから大丈夫だよ」  いいえ、あなたがついてくるから余計に困るのよ、セルンさん。  だってその変な視線が気になってしょうがないもの。  悩ましげにセルンのほうを向けば、想定以上に2人の距離は近く、ふわっと視線が絡む。 「なんだ。やっぱ怖いのかい? 大丈夫だよ」  しばらくセルンを見つめていれば、頭をぽんぽんとなでられた。  あれ、なんだか今日のセルンが変な顔をしていない……。  いつもとろんと意地悪そうな表情を浮かべるのに、普通に心配してくれることもできるんだ。  優しげな笑顔。はじめて見たかも……。  そうしてセルンを仰ぎみていると、突然胸が熱くなった。  ん⁈ な、なんでドキドキしているの、私……?   意外にもセルンは端正な顔立ちをしている。いつも変な顔をしていたから気づかなかった!  ふいに胸が高鳴り、思わず目をそらしてしまった。  一度死んで生まれ変わったけれど、未だに28歳のつもりで生きている。だからどうもセルンが同い年にしか見えないのだ。  確かセルンも28歳くらいだった気がする。  うぅ、見えるじゃなくて本当に同い年だ……。  異性……うそ。  まさか、セルンを異性として意識してしまったの……?   こうして自問自答している間もどんどんと顔が熱くなり、すかさず俯いた。  妖艶な顔。  いままで気づかなかったからいいけど、これからは……うっ、かなり精神の負担になりそうだ。  前世から男性との接し方が不得手だ。  それで恋愛を諦めて仕事に打ち込んでいたのに、不覚にもセルンを意識してしまった。  これから彼とどう接していけばいいのか、咄嗟にわからなくなった。  ああ、しかもめっちゃ美形じゃない……!   うっ、イケメンはいつも自信満々だから意識しないようにしてきたのに、やってしまったわ。  そうして、一生懸命自分を落ち着かせようとした時。 「どうしたのお嬢? お腹でも痛いのかい?」 「……!」  ふと頬に温もりを感じてビクッと顔を上げたら、セルンと鼻がふれた。  わっ、めっちゃ近い!   びっくりして飛びはねると、椅子がフラフラとよろけはじめたのだ。  倒れる! と衝撃に身をかまえたが、全然痛くなかった。  ってあれ、温かい……。  そっと目を開ければ、なんと、私はセルンの胸の中に収まっているのではないか! しかも、添い寝しているような形で……っ  うぅ、恥ずかしい、恥ずかしすぎる……!  無表情だろうけど顔からポッポと湯気が出るほど熱くなった。  ど、どうしよう……! 勝手にセルンをロリコンと決めつけておいて、自分から彼を意識するなんてもってのほかだわ!  頭が真っ白になりしばらく固まっていれば、セルンは優しく私の前髪を掻き分けてくれた。 「……本当にお人形みたいな顔だな」  そう囁くと、セルンはいつもとちがう柔らかい笑みを浮かべた。  うっ、やめて。色気がすごい……! っていうか顔が近いよ……っ  サッと手で顔を覆えば、クククッと笑うセルンの気配がした。 「表情は変わらないのに感情だけがドンドン伝わってくる。不思議なお嬢だな」 「……?」  感情が伝わる?   意味がわからず、指と指の隙間からセルンを覗いてみたら、ぱっと水色の瞳と目があった。  あ、バレた!  どうやらセルンは私の行動を予見していたらしい。    うっ、いやだ、すごく気まずい……。  あたふたする私を見て、セルンが「ははは」と豪快に笑いだした。  気持ちのいい笑い声だ。  あれ? もしセルンが本当にロリコンならこの場合、もっとこう、弾ける笑顔じゃなくて、いやらしい笑みになるはずだけれど……。  なんだろう? 全然変な雰囲気になってない。セルンはロリコンじゃないってこと……?  いつも背後でほくそ笑んでいるのは間違いないのに、あれは私の勘違い……ってこと?  違和感をおぼえ、ヨシヨシと私の頭をぽんぽんするセルンの顔を呆然と眺めた。
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