29. 南の王

2/3

557人が本棚に入れています
本棚に追加
/308ページ
 ばらばらと大粒の雨が降り出してきた。  速足で応接間に入ると、ちょうどニロとジョセフが挨拶を終えたところであった。そのままダインニングルームへ移動して、食事がてらに会話を始める。 「ジョセフ様、即位式の方は順調ですか?」 「……お陰様で」  社長に素っ気なくそう返すと、ジョセフはラム肉のステーキを小さく切り分けて口に運ぶ。 「長年の戦争で経済も疲弊していることでしょう。私達でお役に立てることがあれば、どうぞ遠慮なく仰ってください」  素敵な笑顔の社長を冷たい目で見つめ、数秒の間を置いてから、「感謝します」とジョセフが口ごもった。  ……これは気まずい。  意外な形だけれど、やっと政治に参加できる。コンラッド家のためもあるけれど、なにより私はニロの役に立ちたい。  どうしてもこの会合を成功させたいのに、ジョセフは明らかに私のことを毛嫌いしている。とても話しかけられる雰囲気ではないね……。  とりあえず安易な発言を控えよう、と諦めて目の前のステーキに目を落とした。  温かく立ちのぼる湯気から羊の独特な匂いが伝わってくる。  ナイフで肉を骨から切り離すと、さっそく口の中へ入れた。  うん、香ばしいわ〜!  塩と胡椒だけの、癖のない柔らかい肉が舌の上で溶けて、濃厚な肉汁がじゅわっと広がる。  美味しい料理のお陰で憂鬱だった気分が一気に明るくなり、少し心が和んだ。 「……美味しい」  社長とジョセフがまだ会話しているのに、つい張り切って声を出してしまった。はっと口元を隠すと、ふっ、とニロが面白がって笑った。うぅ、恥ずかしい……。 「……聖女様ってのは呑気でいいですね」  ナイフとフォークを置き、ジョセフは露骨に嫌そうな表情を見せた。  あー、ついにやってしまった……!  「申し──」 「──何もその言い方はなかろう?」  謝ろうと口を開きかけたが、ニロに遮られた。見慣れたニロの厳しそうな顔には、怒りの色がチラついていた。 「なに、本当のことを言っただけです」  知らん顔でジョセフはワインを一口啜る。 「貴殿の国で起きたこととフェーリは関係ない。勝手に烙印を()すでない」 「関係ない、ですと?」  ニロの発言にジョセフは険しい表情を浮かべる。 「当然だ。元より貴殿の国民が勝手に始めた争いであろう? 何も知らないフェーリのせいにするのは慮外だ」 「……お言葉ですがニロ王子、戦争で多くの人が死んでいるのですよ。知らない関係ないで逃げるつもりですか?」  ぎゅっと拳を握り、ジョセフはニロを見つめかえす。 「ジョセフ殿下。逃げるもなにも、そもそもフェーリは宗教戦争に直接関与してないのではないか? 盲目的に彼女を戦争の引き金と決めづけるなど、被害妄想もいいところだ」 「盲目的、被害妄想……?」 「なんだ、本当のことを言ったまでであろう?」  ピリピリして2人は沈黙したが、それでも譲歩することなく互いをじっと睨み合った。  王国の運命が関わっているのに、このままだと二国間の関係が崩壊してしまうよ……! 慌ててすっくと椅子から立ち上がった瞬間、ピカッ、と部屋の中が青く光った。
/308ページ

最初のコメントを投稿しよう!

557人が本棚に入れています
本棚に追加