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ばらばらと大粒の雨が降り出してきた。
速足で応接間に入ると、ちょうどニロとジョセフが挨拶を終えたところであった。そのままダインニングルームへ移動して、食事がてらに会話を始める。
「ジョセフ様、即位式の方は順調ですか?」
「……お陰様で」
社長に素っ気なくそう返すと、ジョセフはラム肉のステーキを小さく切り分けて口に運ぶ。
「長年の戦争で経済も疲弊していることでしょう。私達でお役に立てることがあれば、どうぞ遠慮なく仰ってください」
素敵な笑顔の社長を冷たい目で見つめ、数秒の間を置いてから、「感謝します」とジョセフが口ごもった。
……これは気まずい。
意外な形だけれど、やっと政治に参加できる。コンラッド家のためもあるけれど、なにより私はニロの役に立ちたい。
どうしてもこの会合を成功させたいのに、ジョセフは明らかに私のことを毛嫌いしている。とても話しかけられる雰囲気ではないね……。
とりあえず安易な発言を控えよう、と諦めて目の前のステーキに目を落とした。
温かく立ちのぼる湯気から羊の独特な匂いが伝わってくる。
ナイフで肉を骨から切り離すと、さっそく口の中へ入れた。
うん、香ばしいわ〜!
塩と胡椒だけの、癖のない柔らかい肉が舌の上で溶けて、濃厚な肉汁がじゅわっと広がる。
美味しい料理のお陰で憂鬱だった気分が一気に明るくなり、少し心が和んだ。
「……美味しい」
社長とジョセフがまだ会話しているのに、つい張り切って声を出してしまった。はっと口元を隠すと、ふっ、とニロが面白がって笑った。うぅ、恥ずかしい……。
「……聖女様ってのは呑気でいいですね」
ナイフとフォークを置き、ジョセフは露骨に嫌そうな表情を見せた。
あー、ついにやってしまった……!
「申し──」
「──何もその言い方はなかろう?」
謝ろうと口を開きかけたが、ニロに遮られた。見慣れたニロの厳しそうな顔には、怒りの色がチラついていた。
「なに、本当のことを言っただけです」
知らん顔でジョセフはワインを一口啜る。
「貴殿の国で起きたこととフェーリは関係ない。勝手に烙印を捺すでない」
「関係ない、ですと?」
ニロの発言にジョセフは険しい表情を浮かべる。
「当然だ。元より貴殿の国民が勝手に始めた争いであろう? 何も知らないフェーリのせいにするのは慮外だ」
「……お言葉ですがニロ王子、戦争で多くの人が死んでいるのですよ。知らない関係ないで逃げるつもりですか?」
ぎゅっと拳を握り、ジョセフはニロを見つめかえす。
「ジョセフ殿下。逃げるもなにも、そもそもフェーリは宗教戦争に直接関与してないのではないか? 盲目的に彼女を戦争の引き金と決めづけるなど、被害妄想もいいところだ」
「盲目的、被害妄想……?」
「なんだ、本当のことを言ったまでであろう?」
ピリピリして2人は沈黙したが、それでも譲歩することなく互いをじっと睨み合った。
王国の運命が関わっているのに、このままだと二国間の関係が崩壊してしまうよ……! 慌ててすっくと椅子から立ち上がった瞬間、ピカッ、と部屋の中が青く光った。
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