29. 南の王

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 閃光と共に地面が揺れるほどの轟音が響き、雨水に激しく打たれている窓は小刻みに震える。  ──雷……?  凄まじい音に驚いてしばらく佇んでいると、段々音が聞こえなくなって部屋の中がしんと静まり返った。  うっ、みなの視線が痛い。私の発言を待っているようだけれど、そんなもの用意してないよ……。  口論を止めようと勢いよく立ち上がったはいいが、返って注目の的になって居心地が悪い。おずおずして結局なにも言えないまま再び静かに座ると、社長は自然な素振りでニロに囁いた。 「ニロ様、落ち着いてください。……知っての通りこの会談は王国の今後と大きく関わっています。慎重に言葉を選びましょう」  社長の言葉を聞いてニロはゆっくりと拳を握り、無言でうなずいた。  反対側にいるジョセフも付き人に耳打ちされて、落ち着きを取り戻したようだ。  そうして張り詰めた空気が少し緩み、なんとか事なきを得た。いたたまれない雰囲気の中、社長の素晴らしい外交力のお陰でどうにか食事会も終盤に近づく。 「ジョセフ殿下、今日は挨拶だけで失礼するとしよう」 「ああ。忙しい中わざわざありがとうございます、ニロ王子」  立ち上がった二人はテーブル越しに軽く言葉を交わす。 「見送りは不要だ。長旅で疲れたであろう、このままゆっくりするといい」 「そうですか。ではそうさせていただきます」  少し固い表情で2人は互いに礼儀正しく辞儀(カーテシー)をした。 「殿下を一人にするのはよくなかろう。見送りはフェーリ1人で十分だ」  言いながらニロはセルンに目をやった。  馬車を用意しろという合図だろう。  そんなニロに首肯すると、セルンは静かに部屋を出た。    間を開けずにニロも廊下のほうへと足を運んだので、慌ててその後を追う。あれ、そういえばキウスは……?  護衛としていつもニロと共に行動するのに、今日はどこにもいない。  キウスの所在が気になりニロに聞きたいところだが、いつもとちがうその雰囲気に気圧されて、とりあえず我慢した。  前を歩くその背中を目で追いながら、ニロが振り向いてくれるのを待った。    いつも歩幅を合わせてくれるのになぜ今日はそうしてくれないのだろう……。  長い廊下を通り屋敷の玄関が見えてきたのに、ニロは一向に振り向いてくれず、どんどん広がってゆくニロとの距離に不安が募る。  もしかして、嫌われたのかな……?
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