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「昔から、余は……」
途切れて聞こえるニロの声は地面を叩く雨音に混じった。軽く唇を噛み、ふう、とニロが深い息をこぼす。
「……フェーリ。余はお前が愛おしい。仕方ないほどに……」
(私が、愛おしい……?)
乱雑に跳ね回る心臓の音がニロに伝わらないことを祈りながら、熱っぽい銀色の瞳を見つめた。その顔は紅葉のように染まっている。
「ふむ。……異性としてお前を愛おしく思う。……昔から、ずっとだ」
迷いのないその視線は、濡れた月のような輝きをまとっていた。
異性として愛おしく思うって、それは愛してるってこと? でも8年前は指切りでずっと仲間だとニロが言ってたから、だから、あんなに必死に……。
思いがけない告白に頭がついていかず混乱していると、ニロの冷静沈着な声が耳にふれた。
「キウスとの婚約を解消させて、必ずお前を余のものにする」
言いながら私の頬に手をかけて、親指で唇の線をたどった。ふわっ、とお腹の奥がくすぐったい。
「それまではこの唇を誰にも触れさせるな」
草木を打つ雨の音よりも、心臓の鼓動が大きく響き渡った。頭が真っ白になって茫然としていると、
「ニロ様っ‼︎ 馬車の準備が整えました!」
怒号のごとき背後からセルンの声がとどろいた。
傘を片手に駆け寄ってくると、私を背に庇うようにセルンが間に入ってきた。
「……セルン。いきなり叫ばなくてもよかろう?」
不愉快そうな声だった。
「さあ、行きましょう!」
心なしかセルンの笑顔が怖い。全身から黒いモヤのようなものを纏っているわ。
ちらりとセルンの広い背中からニロを覗きみると、そこには怒ったような表情があった。けれど、私がみえると、にわかにニロが口元をゆるみ、桃色の唇は甘い笑みの形を作る。
「また明日、フェーリ」
上気した顔でそう囁くと、セルンに傘をさしてもらいながら、ニロは土砂降りの中へと歩き出す。
大粒の雨に遮られて、2人の姿はあっという間に見えなくなった。
そっと騒ぎ立てる胸に手を重ねると、ドクドクと早鐘のような振動が伝わってきた。
ニロと仲間以上の関係を期待してもいい、ってこと……?
うぅ、どうしよう。恥ずかしいよ…っ
『必ずお前を余のものにする』
頭の中でニロの言葉が繰り返して響き、更に胸が高鳴った。
そうして気持ちが昂って居ても立っても居られなくなり、セルンを待たずに一人で屋敷の中へと戻ったのだ。
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