30. 雨の夜

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「昔から、余は……」  途切れて聞こえるニロの声は地面を叩く雨音に混じった。軽く唇を噛み、ふう、とニロが深い息をこぼす。 「……フェーリ。余はお前が愛おしい。仕方ないほどに……」 (私が、愛おしい……?)  乱雑に跳ね回る心臓の音がニロに伝わらないことを祈りながら、熱っぽい銀色の瞳を見つめた。その顔は紅葉のように染まっている。 「ふむ。……異性としてお前を愛おしく思う。……昔から、ずっとだ」  迷いのないその視線は、濡れた月のような輝きをまとっていた。  異性として愛おしく思うって、それは愛してるってこと? でも8年前は指切りでずっと仲間だとニロが言ってたから、だから、あんなに必死に……。  思いがけない告白に頭がついていかず混乱していると、ニロの冷静沈着な声が耳にふれた。 「キウスとの婚約を解消させて、必ずお前を余のものにする」  言いながら私の頬に手をかけて、親指で唇の線をたどった。ふわっ、とお腹の奥がくすぐったい。 「それまではこの唇を誰にも触れさせるな」  草木を打つ雨の音よりも、心臓の鼓動が大きく響き渡った。頭が真っ白になって茫然としていると、 「ニロ様っ‼︎ 馬車の準備が整えました!」  怒号のごとき背後からセルンの声がとどろいた。  傘を片手に駆け寄ってくると、私を背に庇うようにセルンが間に入ってきた。 「……セルン。いきなり叫ばなくてもよかろう?」  不愉快そうな声だった。 「さあ、ましょう!」  心なしかセルンの笑顔が怖い。全身から黒いモヤのようなものを纏っているわ。  ちらりとセルンの広い背中からニロを覗きみると、そこには怒ったような表情があった。けれど、私がみえると、にわかにニロが口元をゆるみ、桃色の唇は甘い笑みの形を作る。 「また明日、フェーリ」  上気した顔でそう囁くと、セルンに傘をさしてもらいながら、ニロは土砂降りの中へと歩き出す。    大粒の雨に遮られて、2人の姿はあっという間に見えなくなった。  そっと騒ぎ立てる胸に手を重ねると、ドクドクと早鐘のような振動が伝わってきた。  ニロと仲間以上の関係を期待してもいい、ってこと……?  うぅ、どうしよう。恥ずかしいよ…っ 『必ずお前を余のものにする』  頭の中でニロの言葉が繰り返して響き、更に胸が高鳴った。  そうして気持ちが昂って居ても立っても居られなくなり、セルンを待たずに一人で屋敷の中へと戻ったのだ。
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