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嫌な汗が背筋をはう。しばらく口を噤むと、ジョセフはすまなそうな風で言った。
「君が寝ていると知らずに、勝手に入ってしまいました。……すみません」
淑女の寝顔を見るのはあまりよろしくない。
しかし、ここは寝室ではなく書斎だ。そもそも、こんなところで寝てしまった私の不徳の……って、ん? そういえばなぜジョセフは私の書斎にいるの……?
ジョセフをみて、小首をひねった。
<ジョセフ様は、なぜ、ここに>
ぎくっ、とジョセフの肩が跳ねた。
「……と、扉が空いてたものですから、つい、その……」
あたふたと言葉を濁して、ジョセフが目をそらした。間違えて入ってしまったのか? なるほど。気を利かせて、手話で話題を変える。
<今日は、お一人、ですか>
「……ああ。朝早くから起きたもので、イグはまだ寝てると思います」
丸眼鏡を押し上げて、ジョセフがボソボソと答えた。
イグはあの綺麗なお姉さんのことかな?
ちらりと時計に目をやると、針はまだ朝の5時を指している。
あ、確かに朝早い……!
慣れない部屋で落ち着かなかったのかな?
「……フクリコウセイ?」
開きっぱなしの計画書に視線を投げかけて、ジョセフがつぶやいた。あ、いけない……! さっと間に入って、書類を隠した。
一応社長に認められた計画書だけれど、まだまだ問題点が多く残っている。こんな中途半端なものを人に見せられないわ……。
おどおどしていると、ジョセフは訝しげに眉をひそめた。
「私に見られて困るものですか?」
ジョセフは明らかに私を嫌っている。せっかく、普通に接してくれたのに、このままだと、また険悪な雰囲気に戻ってしまう……。
<まだ、書いている、段階で、問題点が、多いです>
もじもじして手話で説明する。
「君が書いているのですか?」
恥ずかしそうに頷くと、ジョセフは目を見張った。
「……私に見せてもいいですか?」
なぜか興味津々だ……!
<まだ未完成で、ジョセフ様に、お見せできるものでは、ないです>
婉曲に断ってみたが、「それで構わないです」と全く通用しなかった。そういえば、これはニロにしか通じない。いつか、はっきりと人を断れるようになりたい……。
食いついてくるジョセフを断りきれず、しぶしぶ分厚い書類を差し出した。なさけない……。
丸眼鏡の位置を軽く調整して、ジョセフは計画書を精読しはじめる。
真剣な表情で、最後の1ページまで読んでくれた。嬉しいけど、なんだか怖い……。
「ちゃんと書けるのですね……」
途轍もなく意外そうな表情だった。一応褒め言葉だよね……?
違和感を覚えつつ、手を動かせて礼を伝えた。
<ありがとうございます>
「非常によく纏まっていて、特に問題点はないと思うのですが……」
<労働者の、働く意欲を、維持できないと、利益の、保証は、できません」
「そもそも、これは利益を出すための計画書ではないですよね?」
ズバッと返された。
うっ、根本的に否定された。これは鼻で笑われるよりもかなり痛い……。
<利益が、でないと、お父様の、許可が、おりません>
「……本気で利益を出したいなら、労働環境よりも事業を立案したほうが……。というか、むしろ、ちゃんと実験までおこなった君なら分かっているはずですが……」
率直な意見はぐさっと胸を突き刺さる。皮肉ではなく、純粋な疑問であって欲しい……。
<働き手の、労働環境を、改善したいです>
「……利益よりも、ですか?」
凝然とジョセフが私をみた。なにをこんなに驚いているの? 変なこと言ったかな……?
ジョセフの問いに答えようと、手を動かした時、
「──もう! 今日に限って書斎にこもるなんてお嬢……んっ?」
突然セルンが書斎に入ってきた。
「えっ? あ……、これは、ジョセフ様。大変失礼致しました」
一拍遅れてセルンが頭を下げると、ジョセフは気まずそうな風で、「……ああ」と冷たく返した。
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