33. 竜虎相搏

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 ガラス窓から暖かく差し込んでくる夕暮れの光で書類は黄金色に染まった。陽射しを手に浴びながら、ひたすら紙の上にペンを走らせる。  けさジョセフの助言を受けて、福利厚生の案を一から書き直すと彼に伝えたら、「よかったら手伝いますよ」と予想通り力になってくれた。 「確定した数値をここにもう一度書いて、強調するといいですよ」  ジョセフにうなずき、彼の指差すところに値を記入する。  王となるジョセフは数多くの草稿を目にしてきたからか、私よりもかなり計画書に慣れているようだ。本当に勉強になるわ。言われたとおりに書いた数値を囲って、次の頁に移る。  よし! 次は分配額の算出だ。  セルンが用意してくれたバゲットの薄切りを右手に取り、それを口に咥える。そして左手で数字を順番に出して、計算を始めた。この人数と割るとこれで一年は2 ── 「──り、フェーリ」 「!」  数字に集中していたところ、急に両頬を包まれて、ぐいっと顔を持ち上げられた。びくっとして目の前を見ると、至近距離にニロの顔が視界に入った。 (ニロ……! いつから居たの?) 「ついさっき来たのだが、ずっと名を呼んだであろう?」  困ったような表情を浮かべて、ニロは私の口からバゲットを取った。  ちらっと正面のソファに目を向けると、ジョセフはすでに立ち上がっていて、逆にこちらの様子を見ている。2人はすでに挨拶を交わしたようだ。全く気づかなかったわ。 「随分と夢中になっているようだな。ここで何をしているのだ?」  私の顔についているパンくずを払いながら、ニロは疑問を投げかけてきた。 (実はね、今朝書斎に現れたジョセフ様がすごい提案をしてくれてね、それから2人でずっと計画書の手直しをしていたの! まだ途中だけれど、ジョセフ様の案ならきっとお父様も許可してくれるはずだわ!)  小躍りする私の目をじっと見つめたまま、ニロはパンくずを払い続けた。  それから「ふーん」と鼻を鳴らすと、さっと姿勢を直して、ジョセフのほうを向く。 「ジョセフ殿下、昨日はよく休まれたか?」 「……お陰様で」  急に鋭い眼差しを向けられて、ジョセフも負けじとニロを見つめ返す。 「そうか。昨日とちがって熱心にフェーリを指導してくれたのは、たまたま貴殿の目覚めが良かったからか?」 「目覚め? ああ、そうですね。それもあるのですが、仮にも彼女は我が国の聖女ですよ、ニロ王子。聖女が困っているのであれば、目覚めが悪くても力を貸すのが当たり前です。ちがいますか?」 「ふむ、そうだな。昨日の今日でさても奇妙だが、確かに当然といえば当然だ。勿論貴殿はそののことを全うできる人間だと、余は最初から信じているのだが」  素敵な笑顔を浮かべて、ニロがジョセフに返した。  いつしかニロも社長のように立派な笑顔を作れるようになっていたんだ。私の知らないところで、ニロはどんどん成長している……。 「昨日から思ったのですが、ニロ王子は冗談が得意なのですね? 信じるも何も、のことくらいは理解できますよ」  真顔で言ったジョセフの言葉を受けて、ニロはふふっと小さく笑った。 「ああ、戯れ言に自信はあるのだが、どうやら貴殿を笑わせるほどの力量はないようで残念だ」 「そんなご謙遜を。私は一応、笑っているつもりですがね」 「ふふっ。そうか。であれば余も安心だ」  一呼吸をおいて、2人は互いを見つめ合う。その笑顔は何気なく怖い……。  なんだろう。穏やかに会話しているだけなのに、なぜかおぞましい感じがする。これはもしや王の迫力ってやつなのかな……。  2人に気圧されて、こくりと息を呑むと、 「ニロ様、ようこそおいでくださいました」  ドナルド社長は余裕のある歩調で応接間に入ってきた。いつもならわざわざニロを出迎えに来ないのに……。
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