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万遍なく散らかっているテーブルを見ても、社長はにこやかに微笑んでみせた。
「娘と仲良くしていただいてありがとうございます、ジョセフ様」
「……いいえ」
少し硬い表情のジョセフに点頭すると、社長はご機嫌な様子でニロのほうを向いた。
「ニロ様、よろしければ書斎のほうでお話をしましょう」
「ふむ、よかろう」
社長の目を見てから、ニロが潔く了承した。
それから私に顔を向けると、真剣な様子で眉をしかめる。
「フェーリ、お前の熱意を理解しているつもりだが、熱中しすぎて体を壊すのではないかと不安だ。せめて飯くらいはしかと食べたまえ」
心配してくれるその口調をきいて、ふと胸の奥が鼓動を増してきた。熱くなった顔で恥ずかしそうに頷くと、ニロは「ふむ、約束だ」と満足げに顔を綻ばせてみせた。
ジョセフに見せたどこかしら冷たい笑みと違って、温もりに満ち溢れる笑顔だ。それを目にして、2人の距離がまだそこまで離れてないような、妙な安心感を覚える。
「ジョセフ殿下、明日もまた目覚めが早いのであれば、何もない屋敷内ではなく、美しい花が咲いている中庭を散歩するとよかろう」
微笑んでそう言い残すと、ニロは大手をふって廊下に出た。
そんな2人の足音が聴こえなくなると、ふうっ、とジョセフは深いため息を漏らす。疲れたかな?
<気を取り直して、夕食にしましょうか>
ただいまニロに念を押されたばかりだし、手話でジョセフをそう誘うと、困惑したような顔が返ってきた。
「いまのを聞いても君はご飯を……。はあ、まあいい……」
え、なんか変なことを言ったかな?
もう日が傾いてきたし、そろそろ食べてもいいと思ったのだけれど……。あ、もしかして南の国的にはまだちょっと早かったとか……?
頭の中でそう悩んでいるうちに、セルンの明るい声がひびいた。
「お嬢様、お食事にするのですね! では早速用意してきます!」
そう言って、セルンは風のように厨房へと去っていった。
さっきまでずっと暗い顔をしていたのに。夕食の話を聞いていきなり元気になった。とんでもない変貌ぶりだ……。やはり料理という趣味の力はすごい。
しみじみ一人でそう感心していると、
「あっ! ……ジョセフ様、では私も彼の手伝いをしてきますね」
閃いたような素振りで、イグが両手を叩いた。
「待ってイグ、君が行っても……っ」
ジョセフの呼びかけを無視するかの如く、パタン、とイグは勢いよく扉を閉めた。
「……やれやれ」
ソファにストンと腰を落として、はあ、とジョセフがまたしてもため息を吐いた。
<イグさんの手料理、楽しみですね>
気を利かせて話題を振ってみたのだけれど、
「いまのなにを聞いて君は……。はあ……はい、そうですね、思う存分楽しみにしてください」
なぜかひどく疲れた顔をされた。
よくわからず、頭の上に疑問符を浮かべていると、
「いいえ、なんでもないです」
諦めたように丸眼鏡を外して、ジョセフは眉間を揉み始めた。
……やはり疲れたのかな?
余計に話しかけないほうがいいかもね。
空気を読み、休むジョセフの反対側に座り、1人で計算を再開した。
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