34. 松かさより年かさ

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34. 松かさより年かさ

******【ニロ・ブルック・ジュリアス】 「ニロ様、早速本題に入りましょう。予定通りプロテモロコのチャールズ公爵が軍を動かす準備に入りました」  書斎に入ると、ドナルド卿はすぐさま鍵をかけた。  10年以上の時をかけて進めた作戦が実を結び、その顔には珍しく満面の笑みが浮かんでいる。 「ふむ、そうか。やっとチャールズ公爵も本気で反旗を翻す気になったのか」 「ええ、これはすべてニロ様のお手柄ですよ」  一切の偽りを感じさせない温厚な笑みで、ドナルド卿は向かいのソファに腰をかけた。 「よせ。其方とは長い付き合いだ。世辞は要らぬ」 「今回ばかりは本当ですよ。ニロ様がチャールズ公爵を説得してくれたから、やっと彼も動いてくれたんです」  戦争をよく思っているわけではないが、これでやっと西の圧力から脱却できるとドナルド卿は期待しているのであろう。 「これは年月をかけて手を回してきた其方の功績だ、ドナルド卿。余の提案なんぞなくても、いずれチャールズ公爵は反乱軍を導いてくれたであろう」 「いえいえ、そんなご謙遜を。すべては公爵を納得させたニロ様のお陰ですよ。まさか公爵が王冠よりもキャサリン姫を選ぶとは、恥ずかしながら私も予測できなかったのです。しかし、ニロ様はそんな公爵の本心を一瞬で見ぬきました。まるで、公爵の思考を把握しているようで、驚きましたよ」  褒めるふりして余の反応をみるドナルド卿。  いつも通り余のタレントを確認しようとしている。 「単なる偶然だ。気にするな」  短くそう返して、彼が淹れてくれた紅茶を一口啜る。  チャールズ公爵は西の王、エドワード・パール・モアの弟だ。ドナルド卿はその公爵に加勢して、反乱を起こさせる案を長年練ってきた。が、肝心の公爵はずっと躊躇して、なかなか動こうとしない。  半年前、余が初めて公爵との会談に参加した。  チャールズ公爵は先代王と妾の間で生まれたものだ。そんな彼が王になっても、民の支持を完全に獲得できない。それを危惧して戸惑っている、と公爵の瞳が教えてくれた。  そこでエドワード王の嫡女である余の姪、キャサリン姫を担ぎ上げることを申し出ると、案の定彼はすんなりとうなずいた。  12年前、余の腹違いの姉、コンネリアは西の国に嫁いだ。その後生まれたキャサリンは11歳とまだ幼い。  エドワード王の勢力を倒したあと、未熟な姪が一人で国を治めることなど当然できず、それを口実にすれば公爵は堂々と政権を握ることができる。いずれ適齢を迎える姪を自分の息子と結婚させ、正式に権力を握るつもりだ。 「偶然……ですか。ええ、そうですね。王国内でも実権を握る貴族の動向をすべて把握しているような言動もただの偶然だったんですね。なるほど」  余に続いて紅茶を口に運び、ドナルド卿は清々しい笑顔でそう呟いた。すでに余のタレントを確信していると言わぬばかりの態度。やはり食えない男だ。 「そう案ずるな。真に思考を把握できるとしても、余は其方を敵に回す気など毛頭ない」  しらを切り紅茶をテーブルに戻すと、「それはそれは、なんて心強い」とドナルド卿が余を揶揄(からか)って笑った。  いまだに余を子供扱いしている。  困った顔を見せると、ドナルド卿は華麗に話題を変えた。 「そういえば、ジョセフ様と無事契約を結びましたよ」 「……ふむ。内密にする件も了承してくれたのか?」 「ええ。ある程度機転が利くようで助かりました」  皮肉の混じった言葉に多少驚いて、その青い瞳を一瞥(いちべつ)する。どうやらフェーリに対するジョセフの言動を堪忍できず、色をなしているようだ。実に子煩悩なドナルド卿らしい。  滅多に見せてくれない彼の意外な一面に笑いを堪えて、言葉をつむいだ。 「そうか。契約が無事済んだのであれば残るは食糧の運搬だけか」 「ええ。本来ならジョセフ様に全部任せたいところですが、とても了承してくれそうにないですね」  そう言ってドナルド卿は残念そうな表情を浮かべた。
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