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80年と短い歴史しかないこの王国は、豊かな生産量を誇っている。
本日の宴会は、貴族間の交流を深めるためのもので、イメージとしては、百人ほどの貴族が少し広めの部屋でディナーをとる形だ。
国王主催だけあって会場はきらびやかなのね。
壁には美しい壁がけがあり、床には厚めの敷物がひいてある。
息を吸えば芳しい花の香りがふんわりと伝わってくる。うん、とてもいい匂いだ。
そうして<貴賓の間> に入り、しばらく周囲を見まわしていると。
「ほら、あちらの方がニロ様ですよ」
「……まあ、噂通りですわね」
扉の横でなにやらコソコソと話す声が聞こえた。
ちらりとそのほうをみれば、そこには綺麗な扇で口元を隠す二人の女性がいた。
二人の視線は、私と同い年にみえる男の子に向けている。
まあ、なんだか機嫌悪そうな子ね。
甘い蜜のような黄色い髪。
眉間に深いシワをよせているのに、整った素の顔立ちの方が目立つくらいの美少年だ。
あれ? 目が、すごい特殊な色をしているわ。
美しい銀器のような鈍い銀色。
光を反射しているかのように煌めいている。
つい彼を見惚れていると、ふいに目があってしまった。
「何を見ている?」
突然そう聞かれ、ぱっと睨まれた。
うっ、怖いって……え⁈ こっちくるの⁇
気づけば、男の子が目の前にやってきた。
「余の顔に文句はあるのか? コソコソと言うのではなく、堂々と言ってはどうだ?」
凛とした声とともに、クイッと顎を持ち上げられた。
眩しそうに細められた銀色の瞳は鋭い怒気を帯びていて、幼い顔に似合わない恐ろしい雰囲気を漂わせている。
……この子、怖いっ
「お前のその顔が気に食わない」
私の眼をにらんだまま、男の子がつぶやく。
その冷たい声にざわざわと鳥肌がたってくるのを感じた。
恐怖とともに、胸の奥底にモヤモヤとした気持ちがわだかまる。
たしかに彼をジロジロと見た私がいけない。けれど、いきなり顔が気に食わないとか言わなくてもいいじゃないの。
この顔のせいでかなり苦労してきたというのに……っ
(なんだ失礼な子だな! 私だって不本意なのよ、好きで無表情にしてるわけじゃないの!)
ムッとして彼の瞳を見つめ返すと、少年は目をしばたかせた。
「……今、なんと?」
(なんとってなによ? まだなにも言ってないわ。口を動かすのがつらいし、あなたみたいな子に発する言葉なんてないし)
そうふてくされていると、急に少年が顔を青ざめて後ずさった。
「ま、まただ……。 何故、口は動いていないのに……」
(ん、どうしたの……?)
訳がわからず首を傾げていれば、少年はひどく取り乱した様子でさっさとこの場を後にした。
え、なに? なんで逃げたの?
きょとんとしていると、横からセルンの声が聞こえてきた。
「……お嬢、大丈夫?」
その声は少し掠れていた。
どうやらセルンに心配をかけてしまったようだ。大丈夫とうなずけば、セルンはほんの少し顔を緩めた。
「申し訳ない、お嬢。オレが役立たずで……」
そう口ごもったセルンの拳は、小刻みに震えている。
護衛として何もできなかったのが悔しいのだろう。
それもそのはず。
だって、さっきの子どもは恐らく……いや。確実にブルック王の一人息子だもの。
名は確か……そうだ。
『ニロ・ブルック・ジュリアス』王子だ。
セルンだけではない。
厳密にいえば、侯爵家の私もニロに逆らえない。
それなのに、身分をわきまえず王子を怒らせてしまった。まさか震えるほどセルンを不安にさせてしまったなんて、本当に申し訳ないわ……。
「……ごめん、セルン」
唇を噛みしめてそう謝ると、セルンはやや驚いた顔になってから、ぽんぽんと私の頭をなでてくれた。
「ありがとう、お嬢」
そう言って、セルンは笑顔を見せてくれた。だが、その目はどこか冷たくみえる。
もしかして、セルンにがっかりされてしまったのかな?
そう不安がりつつ、周囲の視線が落ち着いたところでセルンと共に席へと移動した。
そして後からきたドナルド社長とも合流し、ディナーが正式にはじまったのだ。
ああ、まさか初めての宴会で王子を怒らせてしまうとは、これは大失敗だ。
貴族の社会は難しい。
本当になんで転生なんかしてしまったのだろう。……はあ。
そうげんなりしていれば、いつの間にかディナータイムが終わり、次のイベントである演奏会が始まろうとした、その時だった。
部屋の扉がゆっくりと開き、そこから再びニロが入ってきたのだ。ちなみに表情は怖いまま……。
うぅ、まさか王子が戻ってくるなんて……!
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