3. 銀色の瞳

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 80年と短い歴史しかないこの王国は、豊かな生産量を誇っている。  本日の宴会は、貴族間の交流を深めるためのもので、イメージとしては、百人ほどの貴族が少し広めの部屋でディナーをとる形だ。  国王主催だけあって会場はきらびやかなのね。  壁には美しい壁がけがあり、床には厚めの敷物がひいてある。  息を吸えば芳しい花の香りがふんわりと伝わってくる。うん、とてもいい匂いだ。  そうして<貴賓の間> に入り、しばらく周囲を見まわしていると。 「ほら、あちらの方がニロ様ですよ」 「……まあ、噂通りですわね」  扉の横でなにやらコソコソと話す声が聞こえた。  ちらりとそのほうをみれば、そこには綺麗な扇で口元を隠す二人の女性がいた。  二人の視線は、私と同い年にみえる男の子に向けている。  まあ、なんだか機嫌悪そうな子ね。  甘い蜜のような黄色い髪。  眉間に深いシワをよせているのに、整った素の顔立ちの方が目立つくらいの美少年だ。  あれ? 目が、すごい特殊な色をしているわ。  美しい銀器のような鈍い銀色。  光を反射しているかのように煌めいている。    つい彼を見惚れていると、ふいに目があってしまった。 「何を見ている?」  突然そう聞かれ、ぱっと睨まれた。  うっ、怖いって……え⁈ こっちくるの⁇  気づけば、男の子が目の前にやってきた。 「余の顔に文句はあるのか? コソコソと言うのではなく、堂々と言ってはどうだ?」  凛とした声とともに、クイッと顎を持ち上げられた。  眩しそうに細められた銀色の瞳は鋭い怒気を帯びていて、幼い顔に似合わない恐ろしい雰囲気を漂わせている。  ……この子、怖いっ 「お前のその顔が気に食わない」  私の眼をにらんだまま、男の子がつぶやく。  その冷たい声にざわざわと鳥肌がたってくるのを感じた。  恐怖とともに、胸の奥底にモヤモヤとした気持ちがわだかまる。  たしかに彼をジロジロと見た私がいけない。けれど、いきなり顔が気に食わないとか言わなくてもいいじゃないの。  この顔のせいでかなり苦労してきたというのに……っ (なんだ失礼な子だな! 私だって不本意なのよ、好きで無表情にしてるわけじゃないの!)  ムッとして彼の瞳を見つめ返すと、少年は目をしばたかせた。 「……今、なんと?」 (なんとってなによ? まだなにも言ってないわ。口を動かすのがつらいし、あなたみたいな子に発する言葉なんてないし)  そうふてくされていると、急に少年が顔を青ざめて後ずさった。 「ま、まただ……。 何故、口は動いていないのに……」 (ん、どうしたの……?)  訳がわからず首を傾げていれば、少年はひどく取り乱した様子でさっさとこの場を後にした。  え、なに? なんで逃げたの?  きょとんとしていると、横からセルンの声が聞こえてきた。 「……お嬢、大丈夫?」  その声は少し掠れていた。  どうやらセルンに心配をかけてしまったようだ。大丈夫とうなずけば、セルンはほんの少し顔を緩めた。 「申し訳ない、お嬢。オレが役立たずで……」  そう口ごもったセルンの拳は、小刻みに震えている。  護衛として何もできなかったのが悔しいのだろう。  それもそのはず。  だって、さっきの子どもは恐らく……いや。確実にブルック王の一人息子だもの。  名は確か……そうだ。 『ニロ・ブルック・ジュリアス』王子だ。  セルンだけではない。  厳密にいえば、侯爵家の私もニロに逆らえない。  それなのに、身分をわきまえず王子を怒らせてしまった。まさか震えるほどセルンを不安にさせてしまったなんて、本当に申し訳ないわ……。 「……ごめん、セルン」  唇を噛みしめてそう謝ると、セルンはやや驚いた顔になってから、ぽんぽんと私の頭をなでてくれた。 「ありがとう、お嬢」  そう言って、セルンは笑顔を見せてくれた。だが、その目はどこか冷たくみえる。  もしかして、セルンにがっかりされてしまったのかな?  そう不安がりつつ、周囲の視線が落ち着いたところでセルンと共に席へと移動した。  そして後からきたドナルド社長とも合流し、ディナーが正式にはじまったのだ。  ああ、まさか初めての宴会で王子を怒らせてしまうとは、これは大失敗だ。  貴族の社会は難しい。  本当になんで転生なんかしてしまったのだろう。……はあ。  そうげんなりしていれば、いつの間にかディナータイムが終わり、次のイベントである演奏会が始まろうとした、その時だった。  部屋の扉がゆっくりと開き、そこから再びニロが入ってきたのだ。ちなみに表情は怖いまま……。  うぅ、まさか王子が戻ってくるなんて……!
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