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クニヒト宰相は王の弟。
公爵家以外でストロング一家を庇うことができるのは、恐らく宰相だけだ。
しかし、戦争を忌み嫌う私の気持ちを、宰相は誰よりも分かっている。だから、いくら私を王にしたくても、内戦を企むはずがない。
本当の父親よりも私を大事にしてきた宰相が、そんなことを……。
「ふむ。そうだな。信じがたい事実ではあるが、余が思うに、ストロング一家を支持したのは間違いなくクニヒト宰相だ」
落ち着いた王子の声が耳に刺さり、ぱっと頭が真っ白になった。
反乱が起きるくらいなら私は王位継承権を放棄する。
ずっと宰相にそう言い続けてきた。だから、宰相は絶対にこんなことをしない。そう、しないはずだ。
そうとわかっているのに、何だ、この胸騒ぎは……。
「戦争を望まないジョセフ殿下を配慮して、宰相は黙ってそうせざるを得なかった。それ以外の理由はなかろう?」
奥歯を噛みしめて、怒りで震え出す体をグッと抑えた。
いや待って、感情的になるな。冷静になって考えるんだ。
王子の話に信憑性はあっても、宰相がやったという証拠はない。
これはあくまでもニロ王子の推測。つまり事実無根の話だ。
それを真に受けてどうする?
私の知っている宰相はそんなことをしない。絶対にない。
戦争の責任から逃れたい王子のでたらめに振り回されるな。
私の気持ちを見透しているかのように、王子はイグに銀の視線を向けながら、つぶやく。
「ジョセフ殿下。眉唾物かどうかは、宰相の娘が一番わかっているはずだ」
やはりイグの情報を把握しているのか。
それでイグが一番わかっていると? ……ふん。笑わせてくれる。
かりに宰相がそんなことをやっていたとしても、イグはそれをわかっていて私から隠すことはない。
結局タダのでたらめか。
そう確信して、イグのほうを振り向いたら、そこには真っ青な表情があった。
いつも冷静なイグが動揺している? ……まさか、私が王子の話を鵜呑みにして、イグを疑うとでも思っているのか?
<大丈夫です。私は誰よりもイグを信じていますから>
肩を竦め、手話でそう伝えれば、耐え難そうな様子でイグは唇を噛みしめて、ポロポロ涙を零しはじめた。
「──どうしたのですか⁈」
慌ててソファから立ち上がり、イグの傍にかけよる。
「ごめんなさい、ジョセフ様。……くっ、わたし、……ごめん、なさい…っ」
「大丈夫ですよ、イグ。ゆっくり呼吸してください」
泣き出すイグの顔を隠すように抱きしめて、その背中をさする。
イグが感動しているのか? いやまさか。一体どうしたんだ……?
呆気にとられていると、後ろから王子の声が響いた。
「彼女は疲れているようだな。部屋に連れて、ゆっくり休ませるとよい」
ニロ王子はイグを気遣っているつもりか? 信じられない。
……まあいい。今はとりあえずイグを落ち着かせよう。
「失礼します」
軽く敬意を払って、さっそくイグを抱き上げた。
大粒の涙で頬を濡らすイグの顔を見て、不安が胸いっぱいに広がる。
……イグ。
私が殺されかけたあの日からもう泣かないと宣言した君が、なぜ……。
「……大丈夫、大丈夫ですよ。イグ」
慰めの言葉を口にしながら、速足で客間へと急いだ。
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