37. 告解

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 物心がつく前から、私はジョセフ様を知っていました。  ジョセフ様は、気温の高いテワダプドルでは珍しい、陶器のような白い肌をしています。そんな彼と血は繋がっていないことを自分で気付くまで、そう時間を要しませんでした。  本当の兄ではないのに、ジョセフ様は誰よりも私を可愛がってくれました。  丈夫な木の根元で膝枕をしてくれるジョセフ様は、いつも優しい笑顔を見せてくれます。木漏れ日を浴びて絹糸のように光るジョセフ様の金色の髪は、いつ見ても柔らかそうで、とても美しい。  ふわふわ揺れるその髪を眺め、朝露で湿った土と草の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、飽きることなく私はジョセフ様が毎日読み聞かせてくれるおとぎ話に耳を傾けました。  叔父にあたる王様は妾であるジョセフ様のお母様を寵愛していました。あまりにも彼女を愛していましたので、難産で息を引き取った彼女の死を受け入れられず、そのままジョセフ様をお父様に預けることにしました。  私は優しいジョセフ様のことが大好きなのに、周りの親族はそれをよく思ってくれませんでした。ジョセフ様の傍にいるといつか危険な目に遭ってしまいますと、よく怒られました。  一方で私と言いますと、胸が躍る冒険話の主人公になったような気分で、こっそりその危険な目に遭う日を楽しみにしていました。  そうして六歳を迎える日に、事件は起きました。  それは私の誕生日を祝う、小さな夜会が開かれる夜のことでした。あの日初めて嗅いだ鉄臭い気味の悪い匂いは依然として鼻の奥に残り、いつまで経っても消えてくれません。  いつもジョセフ様にべったりくっつく私は、夜会に参加してくれる親戚の貴族からまた注意を受けました。しかしなぜ一緒にいてはいけないのか分からず、馬耳東風な私に呆れた親族は、無理やり彼の傍から引き離しました。 『よりによって王子を身籠るなんて、死ぬ時まで厄介な女でしたわ』 『おい、海外の娼婦が産んだ子だぞ、それを王子と呼ぶな』 『その通りだよ! 所詮は正室の王子が産まれるまでの予備品でしかないのよ』 『当然ですこと。あの肌色といい、目の色といい、全てあの娼婦とそっくりすぎて気持ち悪いですもの』 『こんな大きな厄介者を預けられて、クニヒト宰相も大変だな』  あの時交わされた親戚の言葉を理解することができませんでした。私はジョセフ様の肌の色も、目の色も、全部好きで好きで堪りませんでしたから。 『下らない話を娘に聞かせるな!』 『宰相……!』  あの夜お父様は親戚をこっ酷く怒ってくれました。  お陰様で彼らから解放された私は、その足でジョセフ様を探し回りました。しかし、夜会のどこにもその姿はありませんでした。もしかしたらと思い、駆け足で屋敷からだいぶ離れたあの木の下へ行ってみますと、予想通りそこでジョセフ様を発見しました。  なぜか蹲るジョセフ様の近くに寄ると、ツーンと息が詰まるほど強烈な匂いが鼻を刺激しました。  真っ赤に染まった胸部を抑えるジョセフ様を見て、背筋に恐ろしい戦慄が走りました。思わずわんわん泣く私に落ち着いた声で『大丈夫、大丈夫』とジョセフ様は言ってくれました。    そのまま倒れ込んだジョセフ様は10日程意識を失い、生存の希望は薄いと医師から聞かされました。あの時私は神様に祈りを捧げることしか、何もできませんでした。  ジョセフ様を刺した犯人はすぐに見つかりました。  娘が重病を患いお金に困っていた私の乳母の犯行でした。私が傍を離れたから、ジョセフ様は刺されました。それなのに私は泣くばかりで、なにも役に立ちませんでした。
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