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王国に来て、私の願いは叶いました。
まだ会ったばっかりですが、明晰な頭脳と寛大なお心を持っている聖女様は私の期待以上に素晴らしい人です。無礼な態度を取るジョセフ様のことも快く許してくれました。
聖女様なら……いいえ。フェーリ様ならきっと、私の罪も許してくれるのでしょう。身勝手極まりないのですが、私は心の底からそう信じるようになりました。
そうして罪の意識が薄れていく中、唐突に懺悔の時がやってきました。
「……少し落ち着きましたか?」
ジョセフ様の手からお水の入ったコップを受け取り、弱々しく首を縦に振ります。
コンラッド家に事情を全部把握されていました。もう言い逃れはできません。寛容な聖女様に頼り、自分の悪行から逃れようとするのをもうやめましょう。
罪と罰──全ては因果応報なのです。
カラカラになった喉を潤い、運命を甘受してすべてを白状しました。
衝撃のあまり色を失うジョセフ様から目を逸らし、ベッドの上で両膝に顔を埋めれば、ややあってベッドのはじが沈んでいく感覚が伝わり、頭上に柔らかい手のひらが当たった。
六年間もあなたを騙し続けました。それなのに、なぜ、まだ優しくしてくれるのですか……。
「……優しくしないでください」
顔を埋めたまま、残ったわずかな力で精いっぱい声を絞り出しました。
「大丈夫ですよ」
「やめてください、ジョセフ様……」
なぜ、やめてくれないのですか……。
生まれたての小鹿のように全身を震わせて、ジョセフ様の顔を仰ぎみました。
「許してくれると、期待してしまいますよ……」
「……許すもなにも、君は間違っていないのですから」
悲哀に満ちた笑顔でジョセフ様はそう呟きました。
何という悲しい顔……。これは全て、私のせい……。
「いいえ、私はジョセフ様の信頼を踏みにじりました……」
嗚咽に耐えて声を発しますと、頭をなでるジョセフ様の手は止まりました。
「……そう、ですね」
その言葉に、心臓をえぐられました。
光を失った瞳を隠すように、すかさず俯きます。しばらく無言でいますと、ジョセフ様はふたたび頭をなでてくれました。
「もう少し私を信じて欲しかったです」
力なく発されたその声には、相変わらずの温もりと、深い憂いを帯びていました。
裏切られて悄然としているのに、それでもジョセフ様は私を気遣ってくれます。心を温めてくれるはずの優しさが、なぜこんなにも重く感じるのでしょう?
胸が押し潰されそうで、もう耐えられません。
「ですから、もう優しくしないで──っ!」
ジョセフ様をふり仰ぐざまに声を荒げたところ、視界が広い影に覆いかぶされて、体の震えがピタリと収まりました。
「……君は私の大切な家族です、イグ。どんなに厳しい事実があっても、私は自分の理想を捨てて、君と国に背を向けることはありません。もう少し私を信じてください」
私をひしと抱くジョセフ様の躰は小刻みに震えています。
人間の体というのはなんて不思議でしょう。
一晩中泣き叫んで、もう涙が出ないと思いました。それなのに、ジョセフ様の言葉一つで、また滝のように溢れて止まりません。
「ジョセフ様……。ごめんなさい、ジョセフ様……」
熱い背中に手を回し、力いっぱいジョセフ様を抱きしめました。
……ジョセフ様は私の大切な家族。
真実を告白したのに、ジョセフ様は私を嫌いになっていません。
なんという奇跡でしょう。
これは聖女様と出会えたからでしょうか?
もしかして私は知らない間に聖女様のご祝福でも受けたのでしょうか?
よくわかりませんが、今はただ、安堵の気持ちで胸がいっぱいです。
これからも私はジョセフ様の傍にいられます。
本当にほんとうに、……本当によかったです。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
ふわっと私の背中をさすりながら、ジョセフ様が囁きました。
嗚呼、ジョセフ様の柔らかい声……。
もう二度とこの耳で拾うことはないと思っていましたのに……。
耳元でひびくその声に浸りながら、そのまま泣き疲れた目を休ませました。
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