4. ニロ・ブルック・ジュリアス

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4. ニロ・ブルック・ジュリアス

「諸君、改めて紹介するとしよう、我が嫡男(ちゃくなん)のニロだ」  ブルック王の声とともに、部屋が瞬時に静まりかえった。  全員の焦点は昂然たる態度で入ってきたニロに集中する。 「ニロ・ブルック・ジュリアスだ」  ブルック王の隣に移動すると、ニロは一同に礼儀正しく挨拶した。顔は相変わらず怖いけど、態度はしっかりしている。  ニロの挨拶を目にしたのは、ちょうど社長からセルンと戻りなさいと言われ、帰ろうとしていた時であった。  すっかりタイミングを逃してしまい、セルンと二人でそわそわと立ち竦んでいるのだ。  またニロに怒られるかも知れないから、静かに帰りたいのだけれど……。    そう緊張してニロの挨拶中に始終俯いていると、突然セルンが私の肩に肘を押しあててきたのだ。 「?」  驚いて彼を見あげると、セルンはニコッと艶っぽい笑顔を浮かべた。  その顔はそれはそれはすごく色っぽかった。  笑顔なのになんで色気があるの……?  ああ、セルンを意識しちゃだめなのに、心臓が勝手に……っ  そうして恥ずかしがっていると、セルンが私の耳元に顔をよせてきた。 「大丈夫」  甘い囁きやめて、胸が耐えられないわ……!   かっかと顔に熱を感じた途端、セルンはもう一度「大丈夫だよ」と言って、私の頭を撫でてくれた。  あ、そうか……。  私が怯えているから、セルンは心配してくれているのね。  なんだ、この人は普通に優しい人じゃない……。  そういえば、いままで変な目で私を見ても直接触ってくることは一度もない。ヘラヘラしているから勝手にロリコンと決めつけたなんて……申し訳ないことをしたわ。  私はコンラッド家の一人娘だから、周りの人は私をよくしてくれるけれど、どこか距離を感じる。しかし、セルンだけはちがった。  少しイタズラ好きで困るところもあるが、セルンは私を令嬢としてではなく、普通の子どもとしてみてくれた。だから敬語を使わないで、私に親しく接してくれたのね……。    仕事上の関係で、セルンは私のそばにいるだけだと分かっている。それでも、その気遣いはとても暖かい。  不安だった胸に安らぎがじわじわと広がり、さっきまでこわばっていた神経も段々と緩みはじめた。  この世界に生まれ変わってから、はじめて人との繋がりを感じたかも。  セルンを振りむいて、その顔へ視線を定め、重たい唇をひらいた。 「あり、がとう、……セルン」  嬉しい気持ちのせいか、自分の顔が少し綻んだ気がする。  その時、なぜだかセルンは目を丸くした。 「お嬢、いま微笑んだ……?」  どうやら一瞬だけ微笑んでいたらしい。  初めて人に気持ちが伝わった嬉しさからセルンの手をとり、コクコクとうなずく。   「セルンの、気遣いが、嬉し、かった」  頑張って言葉も添えてそう伝えると、セルンはパチパチと目を瞬かせてから、「オレへの、特別な笑顔、……?」そう溢したセルンの頬はじんわりと紅葉色に染まった。  よくみれば、セルンの蒼い瞳も少しだけ潤みを帯びはじめていた。  感動、してくれているのかな……?  喜んでくれるのは嬉しいけれど、あまりうるうるした目で真っ直ぐに見つめてこないで、セルンさん。これはこれで色気がすごいから……。 ──〈♫〉──  セルンと見つめ合っていた時、ふとバイオリンの音が鳴り響いた。  はっと前を向くと、弦を弾くニロの姿が視界に飛び込んだ。 ──〈♫〉──  ニロの奏でる旋律は美しく、激しい哀愁を含んでいる。しみじみと心に浸透して、ふいに胸が苦しくなった。 なんて悲しい色音……。 「……すごいですわ」 「さすがタレントの持ち主、やはり格が違う」 「噂では聞いたけど、まさかここまでとは……」  周囲はニロの演奏に心を奪われ、ヒソヒソと彼をほめ称えた。  そうして長いようで短い演奏が終わり、賛称と拍手が響きわたった。そんな中、ニロは凜然たる態度で一礼する。  怖い表情とちがって、振るまいは品があって礼儀正しい。  さすが王子、なのかな……?  ニロの美しいメロディで胸がいっぱいになり、そっと甘いため息を漏らした時、ふとセルンの視線を感じた。  あれからずっと私を見ていたのか?  感極まる様子ではなくなったが、艶美な含み笑いを浮かべている。  ……どんな表情でも色気がすごい。  ドキドキしすぎてもう疲れたわ……。  前世からそうだ。  イケメンがそばにくると思わず身すくめてしまう。だから、なるべく近づかないようにしてきたのだ。  ああ、でも護衛のセルンを避けるわけにもいかないから、彼の魅力をどうにか克服するしかないよね……。無理がありそうだ。  少し息苦しさを覚えて俯くと、すぐさまセルンが声をかけてきた。 「お嬢、疲れたのかい?」    私の反応に敏感なのね。  セルンさんの色気に弱くて疲れました……なんて言えるはずがない。    弱々しくうなずくと、セルンは帰りの馬車を準備してくると言って、部屋を後にした。  いまのは不安げな表情……?  どうやらセルンに余計な心配をかけてしまったみたいだ。
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