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「こんばんは、フェーリ」
「……こんばんは、ニロ」
応接間に入ると、ニロはペリースを翻して、大股で近寄ってきた。その顔には輝くほどのいい笑顔がある。
何かいいことでもあったのかな……?
ジョセフがきてから、ニロは毎日屋敷を訪れてくれた。
ニロにとって、これも立派な公務だとわかるけれど、それでも少し浮かれずにはいられない。
明日も会えるのかな? なんて思いながら熱っぽい銀の瞳をぽぅと眺めていれば、「フェーリ」とやや窘めるような社長の声がひびいた。
振りかえると、ジョセフも間近に立っていた。
ニロに気を取られ、2人に気づかなかった。大変失礼だわ……!
慌ててスカートの裾を摘み、膝を曲げる。
「こんばんは……ジョセフ様」
「ああ、こんばんは」
薄っすらだけど、初めてジョセフが笑顔で挨拶を返してくれた。私の無礼に怒ってないみたい。よかった。
ほっと安堵した時、社長に頭をなでられた。
「フェーリ、ジョセフ様から色々話を聞かせてもらったようだね」
ジョセフに聞かされた話って、クニヒト宰相のことかな?
こっくりと頷くと、社長はにこやかに微笑んだ。
「うん、なら説明はもういらないんだね。実は来週に控えるジョセフ様の即位式に参加できるのか、君の意見を聞きたいのさ」
南の国へ行って即位式に参加したいかってこと……?
小首をかしげる私に、社長、ニロとジョセフ三人の視線が集まる。な、なに……。
「……私、ですか?」
「うん。聖女が即位式に参加すれば、国民も喜ぶだろうってね、ジョセフ様が要望したのだよ、フェーリ。新しい宗教と王家の融合は国の安定につながる。聡明な君なら、きっとその重要性をわかってくれると思うがね、念のため、君の意見も聞かせて欲しいのさ」
なにこの完璧すぎる圧力のかけ方……。
要するに行きたいかじゃなくて、聖女として参加しなさいってことね……。相変わらず断る権利をくれない。
でも、ジョセフの国を思えば参加するべきだ。
それに誘拐されてからどこにもほとんど出かけられなくなったから、本心をいえばすごく行きたい。
だって南に行けばお米が食べられるんだもの、それ以上のご褒美なんてないわ!
二つ返事で了承したいところだが、このまま社長の意向に流されっぱなしだとどんどん自分の意見を言えなくなってしまう。
理由はわからないけれど、この雰囲気だと私の参加は決定事項で、社長はそれと引き換えに何かを得ようとしている、そんなところかな。
『戦争で孤児になった子供のために孤児院を作りたいのです』
……今朝、ジョセフがそんなことを言ってたね。
ジョセフの知恵を借りた福利厚生の案が通っても、利益が見込めない孤児院の創立など社長が許可してくれるわけがない。
ありえないの分かっているけれど、
「一つ、お願いが、……あります」
ダメ元で切り出してみた。
「願い? ……うん、いいよ。そのお願いを聞いたら、参加してくれるね?」
動揺することなく社長は優しげな笑顔をみせた。
あれ、どんなお願いでも聞いてくれるの……?
いつものようにもう決まったことだよって言われたらどうしようと思ったけど、今回は決定事項ではなかったのか?
『君の意見が聞きたい』
……私の意見? つまり嫌なら断っていいってこと?
社長は明らかに私の参加を強く希望しているのに……? おかしいわ。
ちらりと社長の様子をうかがったら、ジョセフと目があった。
『……ジョセフ様が要望したのだよ』
あ、そうか……!
参加するかどうかは私に任せる。これはジョセフの条件かな?
二人の間でどんな取引きをしたのかはわからないけれど、私の意思がある程度尊重される。
だから社長は私のお願いを断れない。多分そういうことだ。
そうとわかったら遠回しにお願いをするよりも率直にはいかいいえを迫った方が確実だね。
セルンから用紙を受け取り、その上に筆を走らせる。
微々たるものだけれど、苦しむ人のために自分のできることをする。
そう決めたから、ここは精いっぱいがんばってもらうよ……!
<孤児院の資金が欲しいです>
「……孤児院の資金、ね」
顎に手を当てて、社長は悩む素振りをみせた。
利益を望めない孤児院にはっきりしない予算を突っ込まない。思った通り社長は私のお願いを断れないんだ……!
浮かれて素直にお願いしたいところだが、いままでの経験からすると、社長はきっと悩むフリして上手いこと私をごまかすだろう。そんな時間を与えないよ……!
<戦争孤児や、親に捨てられる子どもを収容する孤児院を作りたいです>
ジョセフにも見えるように、大きな字で書いた。
ジョセフはこの話題に敏感だから、これで社長は簡単に断れなくなっただろう。
案の定私の字を読んだジョセフは目を大きく見張り、何か言いたげな顔を浮かべた。
「うん、そうだね。この2年で君が多めに上げた利益の半分以内ならいいよ」
ジョセフが口を開く前に、社長は素早く言葉を発した。
なるほど、ジョセフに発言させる気はないのね。
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