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<条件を呑みます>
思いきって社長に紙を突きだした。
どんな条件かわからないけれど、この機会を逃したら絶対に運営資金をくれないと思う。
「うん、どんな条件でも呑んでくれるね?」
釘を刺すように社長は確認した。
どんな条件でもって、なにをさせるつもりなの……?
いつも心の中で社長って呼んでるけど、随分前からお父さんだと思っているよ。唯一の娘にひどいことはさせないよね……?
「約束できるかい?」
笑顔で社長は急かす。
うっ、グダグダ迷っても仕方ない。ここはいちかばちかだ……!
決意して思いっきり頷くと、社長は慈愛に満ち溢れる表情を浮かべてみせた。
「うん、条件は簡単だ、フェーリ。これからは書斎じゃなくてちゃんと寝室で寝ること、いいね?」
え、それだけ? ……寝室で寝ればいいの?
一瞬ポカンとしてから頷いた。すると、社長は「うん、いい子だ」と笑い、私からジョセフの方に視線を移した。
「これで決まりですね、ジョセフ様」
「ああ。あとは任せてください」
「ありがとうございます。これで安心しました」
誤解がとけたからか、ジョセフは社長にも笑顔で対応している。
笑み一つで雰囲気はがらりと変わるものね……。
不思議だわ。
いままでジョセフは嫌そうな顔しか浮かべなかったから、堅苦しい人だと思っていた。しかし、ほほえむと途端に表情が柔らかくなって、誠実そうにみえる。
まさに好青年って感じだね。
ジョセフは驚くほど誠直で裏表がない人なんだなって、今朝彼の事情に耳を傾けて思った。
政治に向いているかどうかはさておき、率直で一途に身内を信じて疑わないその人柄は本当に素晴らしい。
戦争のない平和な世界……か。
人のことを思う、ジョセフの精神を見習わないとね。
ジョセフの横顔を見つめているところ、どんとニロに視界を遮られた。
「よそ見するな、フェーリ」
拗ねたように桃色の唇を尖らせて、ニロは腕をくんだ。
(……よそみ?)
「ふむ。お前は余だけを見たまえ、よいか?」
すごい真剣な口調だった。
こくりと息を呑み、ニロに首肯する。
(うん、わかった。具体的にニロのなにを見ればいい?)
ニロをしっかりと見つめながら確認したのに、なぜか困った顔をされた。
「ジョセフ殿下。これで例の件を承知したとみてよいのか?」
くるりと私に背中を向けて、ニロはジョセフを振り向いた。
あれ、なんでちゃんと言ってくれないの……?
困惑する私へ視線をすべらせて、ジョセフがニロに頷く。
「ああ、約束通り聖女の護衛としてニロ王子の同行を認めます」
んっ、ニロが私の護衛……?
「ふむ。そうか。無理を言ってすまない。感謝する」
「いいえ、こちらこそありがとうございます」
涼しげな顔でとんでもないことを言ってない、この2人?
護衛以前に、一国の王子が用もなしに他国へ行くなんて危険すぎるからまずありえないよ?
それにニロは公務でとても忙しいのだ。
一週間以上王国を離れるなんて、社長が認めるはずがない。
傍観する社長に動揺の視線を送ると、温厚な笑顔が返ってきた。
「明日は晴れるといいね、フェーリ」
うん、長旅になるからいい天気だといいね、って、そうじゃなくて……!
目の前でニロとジョセフがすごいことを言っているよ、社長? それはどうでもいいの……?
私をそばに引き寄せて、社長は2人に顔を向けた。
「ニロ様、ジョセフ様」
お、いよいよ無理だと二人に説明するのかな?
「せっかくですから一緒に食事を取りましょうか?」
外はすっかり暗くなったから2人ともお腹すいてるだろうからね、って、そっちを優先するの⁇
「ほら、フェーリ。君もくるんだよ」
移動しようとしない私を手招きして、社長は廊下へ出た。
え、本気で気にしないの?
ニロの公務はどうなるの、社長?
もうよくわからないけれど、どうやら社長はこのことを事前に把握しているようだ。……まあ、冷静に考えたら当たり前か。
ニロが私の護衛として即位式に参加する。
つまり、二人そろって南の国へ行けるってことだ。
……なんだかすごいことになった。
聖女じゃないのに、私は聖女としてジョセフの即位式に参加しなければならない。南の国の民を騙すみたいで、気が進まない……はずなのに、どうしよう。嬉しい、すごく嬉しいよ……!
だって、明日からニロがずっと傍にいてくれるんだよ?
いままで二人とも忙しくてあまり会えなかったのに、1週間も仕事から離れて過ごせるなんて……。信じられないわ、こんな夢見たいな話……!
一人で期待に胸を膨らませていた時、銀の瞳と視線がからんだ。
……あ、ニロがにっこり笑った。珍しい。なんて心地いい笑顔だ。
もしかして、ニロも私と同じ気持ちなのかな……って、あれ?
「はやく行こう、お嬢」
ドキドキと動悸が乱れはじめた時、突然セルンに背中を押された。
肩ごしにニロを振りかえったが、セルンにずいずいと押されて、強制的に場所を移動させられてしまった。
そうして広くて長いテーブルに腰を据え、熱い頬でちらちらとニロの顔を覗きみながら、運ばれてくる夕食を楽しく堪能したのである。
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