40. 悩み相談

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 そうしてみんなで一緒に遅めの夕食を済ませると、船内で用意された各自の部屋へと分かれた。  疲れた体を休ませようと早速ベッドに入ったが、横になると突然胸が騒いで眠れない。  最近ずっと同じ悪夢に苛まれてよく眠れてないのよね。  今日も目を閉じたらまたあの夢を見てしまうのかな……。 『素敵なキウス様という婚約者がいるのに、堂々とニロ様を誘惑しようとするなんて』  夢の中で何度も現れた公爵令嬢の言葉が頭から離れない。  別に私はニロを誘惑しようとしたわけではないのだけど……まったく期待していないといえば嘘になる。  いままでニロとは仲間以上の関係を求めてはいけないと思って彼を意識しないように頑張ってきた。  けれど、あの夜ニロの気持ちを知ってからすっかり気分が舞い上がってしまった。 『お嬢様にはキウスという立派な婚約者が……』  うっ、そうだわ……浮かれてる場合じゃない。  セルンの言う通り、政略結婚とはいえ私は現にキウスと婚約している。  それをしっかり解消しないでニロといい雰囲気になるなんて非常識だ。  キウスに嵌めてもらったこの指輪があるかぎり、私はニロと一緒にいられない。それなのに私はニロと唇を……。  うっ、婚約という約束を破っているようですごい罪悪感が……あ、そうか、罪悪感……!  たしか、夢って無意識のうちに存在する欲望の反映だとか、いつかの本で読んだ気がする。もしかしてそれがこの悪夢の正体なのかな……?  お互い形式上の付き合いだけれど、それでもキウスは私をよく気づかってくれた。それなのに、私はニロとのことでこっそり喜んで……ああ、そんなの軽薄すぎる……。  左手の指輪を見つめれば見つめるほどドンドンと気が重くなってくる。  こんな気持ちで寝たらきっとまた悪夢にうなされてしまうわ。  そんな嫌な夢をみるくらいならいっそのこと寝ない方がましだ。  ベッドからむっくり起きて、窓の外へと視線をすべらせる。  まっくらな海面には満月の粒子が青白く漂い、一筋の道をつくった。  わぁ、きれい……。  しばらくその風景に浸ったが、それでも胸が苦しく気持ちが沈んでいくばかり。  そうして特にやることもなく、つくねんと座っていれば、だんだんと瞼が重たくなってきた。  このままだと寝てしまうわ……。  仕方なく蝋燭を灯して部屋を明るくし、暇つぶしに屋敷から持ってきた何冊かの本を読むことにした。  なるほど。南の国のおとぎ話はみんな女神と関わっているのね。さすが宗教の国だわ。 「お嬢? まだ起きてるのかい?」  本に集中しているところ、廊下からセルンの声がひびいた。  まあ、セルンもまだ寝てなかったのか。  本を抱いたまま扉を開けたら、 「ちょっ、なんで開けるんだ!」   かっとセルンが目をむいた。 「セルンの、声が、……した、から」 「いや、それでも夜中に扉を開けちゃダメでしょ、しかも寝巻き姿で! あー、もう。ここはもう屋敷じゃないんだからさ、もっと気をつけようよ!」  と私を胸に隠すようにしながら、セルンは左右の衛兵をかえりみた。それから指示するように手を振れば、さあっと一気に人がいなくなった。  確かにここはもう屋敷の中ではないので、もう少し警戒するべきだ。  けれど、それにしてもこの船に乗っているのは私たち五人とコンラッド家の使用人しかいないので、なぜセルンがここまで怒るのかよくわからない。  ひとまずぷんぷんする彼に頷くと、 「はあ……本当にわかってるのかい? お嬢はもう立派な女性だよ? 寝巻き姿を人に見せちゃだめ! いい? 特にニロ様には見せないで、扉も開けないで、絶対に!」  子供の頃から知り合ったとはいえ、ニロに寝巻き姿を見られたら恥ずかしいし、世間的にもかなりまずい。  そのくらいの常識は持っているつもりだけれど……。 「違う……」  ぽつりそう呟くと、セルンに困った顔をされた。 「なにが違うんだい?」 「ニロなら、開けなかった」 「……え?」 「セルン、だから……開けた」  重たい唇を必死に動かしてそう伝えると、「なんで、オレなんだ……?」とセルンはひどく驚いた表情を浮かべた。  八年間も傍にいてくれたセルンは昔から私の寝室を自由に出入りしている。  病気の時もそうだけど、特に最近よく書斎で寝落ちする私を抱えて寝室に戻してくれるので、私の寝巻き姿なんて飽きるほど見ているはず。  わざわざ自分の口から言うのも恥ずかしいが、セルンが説明を待っているようなので、 「セルンは、特別……だから」  思い切ってそう伝えたら、かぁとセルンの顔が紅葉色に染まりあがった。  あれ、なんでここまでびっくりするの?  側近のセルンを昔から特別扱いしているつもりだけれど、本人わかっていなかったのかな?  「……入る?」  立ち話もあれだからとりあえずそう聞くと、セルンはさらに頬を真っ赤に染めた。それからぶんぶんと頷いて、さっと部屋に入ってきた。上機嫌のようね。
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