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この夜も、
結衣子達の住まい最寄りの
古い小綺麗なコーヒー店で
三人で二次会。
「御自分の誕生日なのに
散財ですね」
笑う鈴子にたいして
「いつも甘えて御馳走になって
ばかりで申し訳ありません」
結衣子は労いを忘れない。
「こういう機会は大切だし、
うちはもう子供に金がかかる
所帯でもないからね」
正隆は二杯目をモカにした。
一杯目はブラック、
二杯目は砂糖を少し。
結衣子は覚えていてくれて
正隆のカップのわきに
砂糖壺の蓋を開ける。
わざとらしくない結衣子の
動作にまた片頬が緩む・・・。
結衣子は聞き上手で
鈴子の冗談にも
巧く相槌を打ち、
正隆のそんなに愉快でもない
学内の話にも
退屈そうな素振りは
少しも見せない、それどころか
こちらがまだまだ
話したくなるような表情で
いいところで合いの手を入れる。
愉しいひとときは瞬く間・・・
コーヒー店の閉店間際に別れた。
中央線の荻窪駅で降りて
正隆は馴染みの立ち飲み屋へ。
「らっしゃい!先生、今夜は遅いね、
他所で浮気酒かい?」
店主のカラカイに笑いを
返す正隆であるのだが
”浮気酒“ 、やや外れではないと。
店主に金を渡すために
財布を手にして正隆は
結衣子の顔を思い浮かべた。
妻が他界して長いといえども
妻のいた家に帰る前に
なんとなく ”恋の火照り” を
酒で誤魔化したくて
学校帰りはこの店に
寄る習慣がついたかも・・・と
一人納得しつつ
冷えた酒に一息ついて
ふいと、駅の出入り口階段に
視線をやると
直隆の姿が見えた。
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