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研究室には博士課程で
結衣子の他には男子学生が一人。
修士課程では四人の学生を
正隆は引き受けていた。
そもそも地味な学者であるから
マスコミに持て囃される著書が
あるわけでもない彼に相応しい
控えめで勤勉な学生達。
なかでも結衣子は
清楚な落ち着きに礼儀も
わきまえている。その上
「生嶋、得したじゃないか」
と、研究室へ結衣子が入ったことを
他教授が羨むほどの美人。
もっとも、結衣子が入学した頃から
結衣子の可憐さには心惹かれていた。
生嶋のゼミに登録した頃からは
年甲斐もなく正隆は
はっきりと自分の想いを意識した。
年甲斐もないどころか
相手は院生といえど学生、
教え子・・・。
長い教師生活の中でも、
妻に先立たれての中でも、
こんなことは
こんな甘い気持ちは
前代未聞のことだった。
それは・・・
結衣子が、修士課程、
博士課程へと連なる
五年以上の誰にも気づかれては
ならない “秘密の恋心”
・・・・なのである。
この誕生日の午後も
恋心は鼓動していた・・・
「先生、お誕生日・・・
おめでとうございます」
「ああ、ありがとう
毎年すまないね、ありがとう」
丁寧に・・・いや、落ち着いて礼を
言ってから結衣子が部屋から出ると
胸踊らせて小さな箱を開けた。
焦げ茶色の品のいい長財布。
すぐさま入れ替えて
正隆はほころぶ顔を
押さえ切れずにいた。
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