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「俺には記憶がない。自分の名前だけではない。自分がどこで生まれ、どこで育ち、何を考え、何をしてきたのか……まるで思い出せない」
ノワが目を丸くした。ドラゴンには理解できない感覚なのだろうか。
「唯一覚えているのは、戦場で空を仰いでいる光景だけだ」
「……それって、殺されたってこと?」
「戦場ならそうだろう。だとすれば、この姿なのも頷ける」
「いや、動く骸骨になってるなんて普通におかしいでしょ……」
ノワが呆れたように眉をひそめた。
「じゃあ、あんたは今何のために生きてるの? 記憶を思い出すために旅をしてるとか?」
「目的はない」
「ないって……何も?」
「あぁ。ただ歩いているだけだ」
「そんなの……生きてて楽しいの?」
「楽しい……それもよく分からんな」
ノワは何も言わない。戦士も何も言わない。ノワが黙ると、洞窟内は途端に静かになる。
「……じゃあ、私を手伝いなさい」
「手伝う?」
「人間を滅ぼすという私の夢を叶える手伝いをしろと言ってるの。いくら非力な人間相手とはいえ、滅ぼすとなると私だけでは到底不可能。だけど……」
ノワは戦士に向けて指をさし、高らかに叫んだ。
「おそらく戦闘のプロであろうあなたがいれば、その夢に一歩近づけるわ!!」
「興味ない」
「あっさり断り過ぎでしょ!? 私が上から目線で頼んだから!?」
「その誘いに乗る理由がないだけだ」
「……理由ならあるわよ」
「何?」
「だって、戦争がなければ、あんたはそんな化け物にならずに済んだかもしれないでしょう。戦場で死ぬこともなく、もしかしたら幸せになっていたかもしれない」
「かもしれないな」
「戦争は、全部人間が起こしているもの……つまり、あんたにも人間に復讐する権利があるってことよ!!」
「……なるほどな」
人間を恨む理由としてはいささかこじ付けな気もするが、戦争を起こしているのが人間だというのは間違いない。
「一緒に、人間を滅ぼしましょう」
「人間を、滅ぼす……」
その言葉を口にした瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。
襲い掛かる敵を、休む暇もなく切り伏せていく己の姿が、そこにはあった。
死体に囲まれ、肩を上下させる。剣も、甲冑も、元の色が判別できないくらいに真っ赤に染まっている。
心臓の音が、尋常じゃない速さで脈打っている。動いたことによるものだが、それ以外の何かがあった。恐怖にも、怒りにも、悲しみにも当てはまらないものだ。
戦士は、唐突に思い出した。
その時だけは、何故か胸が高鳴って仕方ないことを。
「……いいだろう」
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