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黒鬼が叫んだ瞬間、僕の肩に激痛が走った。
あまりの痛みに、声も出なかった。
耳の傍で、肉を裂き、骨を砕く音が聞こえる。
まさか、同族に食べられて死ぬなんて思いもしなかった。
幸晴に触れられないどころか、もう傍にもいられなくなるなんて。
幸晴…最後にもう一度、幸晴の顔が見たかったな。抱きしめて欲しかったな。
僕が諦めて目を閉じかけたその時、ふいに首を押さえつけていた手が離れて、肺に空気が入ってきた。
ゲホゲホと激しくむせていると、今度は僕の額に激痛が走った。
「あっ…!」
「ちっ!なんだ?妖が近づいてくる気配がする!まだ力が戻ってないから俺は戦えない。くそっ、もう少し食らいたかったが、とりあえず腹の穴が塞がりかけているから良しとしよう。念の為に、おまえの角をもらっていくぞ。おまえ、運が良ければ生き残るかもしれねぇな!」
口の周りを真っ赤に染めて、右手に真っ白な一本の角を握った黒鬼が、風のように僕の前から消えた。
黒鬼に齧られた左肩が、麻痺してるのか何も感じない。
どれだけ食べられたのかもわからない。
僕はただ、伽羅さんに教えてもらった息の仕方、血の巡らせ方、気の集め方を何度も繰り返した。
だけど、どんどんと僕の息が小さくなっていく気がする。視界も白く濁ってきて、それが雪のせいなのか命が消えようとしてるからなのか、もうわからない。
ああ…やっぱりここで死んじゃうのかなと諦めかけたその時、愛しい人の声がした。
「りつっ?りつっ!いったいどうした!何があったっ!」
僕のぼやける視界に、会いたかった幸晴の顔が映る。
「ど、うして…?ほんと…に、幸晴?」
「ああ、俺だっ!りつっ、捜したぞっ!遅くなって悪かったっ!もっと早く追いついていれば、りつを助けてやれたのにっ!りつ、なんで
こんな状態に…っ!いや、今はそれどころではないなっ。痛むだろうが頑張れよ。必ず俺が助けてやる!」
「ん…」
幸晴が、自分が着ていた羽織を脱いで、そっと僕を包んでくれる。
幸晴に抱き抱えられた所で、僕は意識を失った。
ああ…とても気持ちがいい。
暖かくて、いい匂いがする。僕の大好きな匂い。
そうだ。幸晴が来てくれたんだ。
幸晴が、僕を抱きしめてくれているの?
だめだよ、幸晴。嬉しいけど、僕に触れると、幸晴は弱っていくんだよ?
でも、幸晴に抱きしめられるのは、とても気持ちがいい。
それに、なんだろう。
今までに感じたことのないくらい、良い気持ちだ。身体も心もふわふわとして、とても幸せだ。
まるで幸晴と一つになっているような…。
たぶん、これは夢だろう。死ぬ前に見る、幸せな夢。
最後に、こんな幸せな夢を見れて良かった。
幸晴、愛してる。幸晴と過ごせて僕は幸せだったよ。今度生まれ変わる時は、人に生まれて、夫婦になろうね。
そう願った瞬間、僕の身体の奥が熱く感じて震え、僕は堪らず、熱い息を吐き出した。
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