0.発端

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すると突如、そのタイマーに表示されている 赤い数字が、10から9へと切り替わり カウントを始めた。 「まずい……っ!」 忍の隣で発した尊のその言葉に、女の顔は ますます青ざめ両目には涙が浮かび上がる。 何か言いたそうに必死に見開かれた瞳で 忍たちを見つめる彼女だが、その口も しっかりとガムテープによって固定されて しまっている。 知らず知らずのうちに、忍のこめかみに じわりと嫌な汗が浮かび始める。 それにつられるかのように、心臓の鼓動も 速まり呼吸も苦しくなる。 _落ち着け…… 忍は、己の黒いYシャツの胸の辺りをきつく 握り締め乱れる呼吸を整えると、その観察眼を素早く女に向けた。 細かなスパンコールが散りばめられた、淡い 青の派手な服装から察するに、おそらく 職種はホステスなどの“夜の仕事”だろう。 一瞬、男の方を見やった忍は「神条組」の 表沙汰にできない情報でも流し、怒りを 買われたのかと思い、再び女に目を向けたが どうやら全く無関係なのに巻き込まれた ようだ。 その証拠に、先程から女の視線はこの状況に 戸惑っているように忙しなく泳いでいる。 忍は一度息を吐き、何とか冷静に目の前の 状況を受け止めるべく、不敵な微笑を 浮かべる男へと視線を向けた。 「……タイマーを止める方法は?」 その言葉に、男は待ってましたとばかりに 更にその微笑を深めた。 それはまるで、口が裂けたかのように歪んでいて忍は思わず吐き気を催しそうになる。 噛み締めた歯の隙間から漏れる、荒い息を 圧し殺しながら、射るような視線を向ける 忍に男はややあって答えた。 「取りあえず気が済むまで殴らせろ」 「はっ……」 間髪いれずそんな失笑を溢したのは、隣の 尊だった。 「あんた……まさかの報復の やり方、知らないわけじゃないよな……?」 その声音は戸惑いと呆れの感情が入り交じっている。 それもそのはず。 少なくともこの関東全域の裏社会で、 「結城組」の報復を知らない者はいない。 目の前の男が「神条組」の幹部であれば、 尚更だ。 忍と尊の父である「結城組」組長の元で、 非情で残忍なそれは決定される。 実行に移すにあたっての条件は、仲間内の 裏切りや他の組からの非道な痛め付けなど が当てはまる。 その方法は至って単純である。 まず対象の人物に敷石を噛ませ、顎を破壊。 そしてその激痛から逃れる隙は一瞬たりとも 与えないまま、胸に銃弾を三発。 _無論、しっかりと心臓のある位置を 捉えて。 だが男は、そんな飄々(ひょうひょう)と した余裕のある態度を一切変えずに、口を 開いた。 「そりゃ勿論。一応幹部の端くれだからな」 その言葉に、もはや呆れを通り越した尊は 何も返答せず、代わりに小さく吐息をつく。 そしてその視線を流し、忍にどうすると 目で問い掛けた。
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