0.発端

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虚ろな瞳で男を捉える忍の視界の端で、尊は 慎重に女の膝から小型爆弾を下ろす。 それは幸いにも簡易式だったので、すぐに 導線を切って解除することができたようだ。 「大丈夫?」 そう穏やかな声音で、尊は完全に解放された彼女へと右手を差しのべ、ゆっくりと 立たせた。 そして互いに対峙したまま、動きのない こちらに足早に歩み寄ると、「おい」と男の 右腕を掴む。 「条件は呑んだんだから、もういいだろ」 だが男はそんな彼の言葉を無視し、無反応の 忍に続ける。 「見ただけで分かるよ。お前のその目…… “誰からも愛されたことがない”ってな」 「いい加減にしろ!!」 男の言い草に、堪らずその胸ぐらに掴みかかろうと余っていた左手を上げた尊だったが、 それは呆気なく振り払われてしまった。 その勢いで地面へと叩き付けられた彼は、 男と比べると華奢で小柄な身なりがより 際立って見える。 忍はそんな尊の様子を目の端に捉えつつ、 視線は男へと向けられたままだが、やはり その焦点は合わない。 つむじから手先、そして足先にかけて身体中 の全ても、まるで金縛りに合ったかのように 動いてくれない。 「……っ!?………っ」 その訳が分からない動揺からか、徐々に 動悸が乱れ始め、溢れる息遣いは過呼吸へと 変化していく忍。 ヒュウ…ヒュウと苦し気に上下するその両肩を、男はわざとらしく目を細めて見やる。 そして次の瞬間、彼は忍の両肩を包み込むようにその両手を添えると__ 「まるで“愛に飢えた獣”だな……」 耳元に粘りつくようなその声音に、一気に 忍の全身に鳥肌がたった。 思わず男を見上げ睨み付けた忍の身体は、 もう何の束縛もなく、自由だった。 しかし、ゆっくりと息を吐き、右に拳をつくった忍がそれを振り上げようとした時、何故か彼は視界から消え去っていた。 _…………は? 訳が分からず暫し立ち尽くしていた忍の 足元に、やがてドサリと何かが倒れた気配が した。 おもむろにそちらを見下ろすと、そこには 左頬を赤くした男が苦し気に顔を歪ませていた。 その唇は僅かに切れ、血が滲んでいる。 一体何が起こったのかと辺りに目を向けた忍 の視線が捉えたのは、赤くなった右拳を胸の 前でつくり、両肩で荒く息をする尊の姿だった。
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