0.発端

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_どれくらいの時間が経っただろうか。 チカチカと眩い光と、鼻先をツンと貫く ような独特の香り。 そして(まぶた)の裏を引っ切り無しに ちらつく白い影に、何やら機械的に鼓膜へと 届く無機質な声音の数々。 これらによって意識を取り戻した忍は、 そっと薄く瞼を押し上げた。 「…………?」 警戒心から眉を(ひそ)めた、忍の視界に映り込んだのは、真っ白な天井と眩い 蛍光灯の光だった。 「ここは……?」 忍がゆっくりと身を起こすべく、頭を 持ち上げると、背中に何かがまわされた。 「!?」 ビクリと身体を強張らせ、そちらにやった 忍の見開かれた瞳を受け止めたのは、若い 看護師だった。 「…………」 努めて冷静に忍は視線を逸らした。 そんな忍に驚き戸惑いながらも、彼女は 華奢な白い腕でゆっくりと身を起こすのを 手伝う。 「安心して下さい。ここは病院です」 その言葉に、ハッと忍は現実へと引き戻り 先程までの出来事を思い出すと、再度 目の前の看護師へと視線を戻した。 「もう二人……若くて派手な女性と、 “私”と巻き添えを喰らった男性は?」 すると彼女はにこりと微笑み、 「その女性の方が、救急車を呼んで 下さったんですよ。」 そして、「もう一人の男性はあちらに」と 病室の奥、窓際をその返した手のひらで 指し示した。 一週間後、忍は幸いにも額を軽く何針か縫った程度で済み退院できた。 しかし、尊は打ち所が悪く頭をやられて しまっていたため、もうしばらく入院が 長引くことになった。 「神条組」との抗争は、事故の発端と なった幹部の男に対して、規定通り 忍の父・「結城組」組長の命により報復を 下すことで片がついたそうだ。 この日、退院後初めて病院に訪れた忍は、 尊の居る病室の、白く無機質な扉に付けられた銀色の掴みをゆっくりと引いた。 眩い蛍光灯の光が瞳を軽く射る。 鼻先にはツンと貫く薬品の混ざった香り。 _この先の己の運命を、大きく変える 存在にはまだ気付かずに。 _互いの運命の歯車が回り始める時は、 まだ先である。
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