2.BLと林檎うさぎ

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「あのっ!」 ずずいと寄ってきた、その小顔によく映える 丸く大きな黒目に、忍と尊の動きがピタリと 止まる。 ごくりとまるで音がしたかのように、唾を 呑んだ彼女は、こう冷静に尋ねてきた。 「どちらが“攻め”で、どちらが“受け” ですか?」 * * * 15分前 尊が頭の手術を終えた翌日、忍はもはや 手先に馴染んだ銀色の掴みを今日もゆっくりと引いた。 室内に踏み入れた革靴の音により、一斉に こちらに向けられる視線はいつもと変わり ない。 しかしこの日は、何やら楽しげに談笑する声音が聞こえていた。 一瞬、義母も見舞いに来ていたのかと怯み 眉を寄せた忍だったが、どうやらその声音は どちらも女性のもののようだ。 「兄貴」 そう徐々に足音の近付く気配で、いつもの ようにこちらに微笑を向けた尊。 そのベッドに備え付けられている椅子が、空席だったことに安堵すると、忍はようやく 進んで視界を広げた。 すると(おの)ずと先程の声音を発して いた正体が瞳に映り込んだ。 だが不思議なことにそれは忍の胸に すとんと何の躊躇(ためら)いもなく落ちていった。 「おはようございます」 りん、と鈴の音のように心地良く鼓膜へと 届いたその声音が、先程の談笑の一人だと 分かった。 この日もいつもと変わらず、緩く結わえた 黒髪を右肩に流している京極佳乃は、その 白い右手を返し、側に腰かける一人の女を 指し示した。 「こちら、私の友人の 宮国弥生(みやくにやよい)です」 そう紹介を受けた彼女は、その小顔によく 似合ったさっぱりとしたショートカットを 揺らして一礼した。 佳乃の談笑の相手で間違いないだろう、と 忍はそちらへと視線を向ける。 つるりとした軽めの薄茶のスプリングコートから、V字の白いブラウスと紺のジーンズが 覗く。 一見するとラフな格好だが、これはおそらく 仕事着だろう。 さすがにこれだけでは職種の判別は難しいが、OLでないことだけは分かった。 そんな忍の観察眼には気付くはずもない弥生 から右手を引っ込めた佳乃は、今度はそれを 忍へと指し示した。 「こちら、向かいの結城尊さんのお兄さんの、結城忍さん」 そして忍も彼女に(なら)い礼をした。
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