2.BLと林檎うさぎ

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ふと尊は、そんな忍の右手にぶら下げられている茶の紙袋に視線を落とす。 「兄貴、それは?」 「あぁ……」 忍は彼の視線の先の、それを自身の膝へと 押し上げると、持ち手を解きその中へ右手を 滑り込ませた。 「林檎(りんご)だ」 丸く大きな赤々としたそれを、一つ手に 取って目の前へ掲げて見せる。 すると尊は忍の予想通り、素直に顔を綻ばせた。 「ありがとう! 病院食だけじゃ、ちょっと物足りなかったんだよ」 そしてタイミング良く検温に訪れた看護師に 右腕を捲られながら、 「ねぇ、もうちょっとでいいから、食事の量増やしてくれない?」 と爽やかかつ、にこやかにねだる。 だが彼女はそんな甘えに一切相好を崩して 屈することなく、体温計をその脇目掛けて ぶっ指すように突っ込むと、 「安静になさって下さい。なんなら一生」 と塩対応で突っぱね去っていった。 「チッ」 尊は尊で、そのつれない背中に向かって 舌打ちを送りつけた。 「…………」 そんな二人のやり取りにも、忍は瞬き一つで やり過ごすと、物置き台にまな板と包丁を 置き、ずっと手にしていた林檎をようやく 切り始めた。 サクリと縦に割り、(へた)と芯を 取り除く。 そして茶の紙袋から取り出したジップロックに押し込み、しっかりと空気を抜いて封を したところで、尊の角張った白い右手が 伸びてきた。 「後は自分で切るよ。ありがとう」 だが忍は先程の看護師の言葉を思い出し、 「駄目だ」 とその手を払い除ける。 “一生”は大袈裟過ぎる脅しだが、のことを踏まえて考えると、確かに 今は安静にすべきだ。 忍は、近頃咳き込むようになってきた父の やつれた姿を脳裏にうっすらと浮かべ、 眉を(ひそ)める。 _もう、は近いのか……? 同時に路地裏での男の言葉も思い出して しまい、忍は小さくかぶりを振った。 『そりゃどうせ殴るんなら、“次期組長”に 決まってんだろ』 「……き?」 ……………… 「兄貴?」 ハッと我に返った忍は、手のひらから 滑り落ちかけていた、まだ皮のついた林檎の 一切れを慌てて持ち直した。 「あ……?あぁ……悪い」 「やっぱり自分で切るよ」 そう言うと、尊は備え付けのテーブルの上に 置かれた白い小皿を持ち上げ、「乗せて」と 自由が効かない身体をよじった。 だがやはり忍にそれに応じる気はなく、 「安静にしてろ」 と林檎を手のひらで包み込み拒む。 しかし尊は尊で頑なに、皿を忍の胸に 押し付け始めた。 「早く」 「駄目だ」 「乗せて」 「しつこい」 「どっちが」 「「…………💢」」 もはや互いにただの睨み合い状態となって しまった二人は、じりじりと興奮を抑えながらこちらへにじり寄る気配には気付く術も なかった。 「あのっ!」 ずずいと寄ってきた、その小顔によく映える 丸く大きな黒目に、忍と尊の動きがピタリと 止まる。 ごくりとまるで音がしたかのように、唾を 呑んだ彼女は、こう冷静に尋ねてきた。 「どちらが“攻め”で、どちらが“受け” ですか?」
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