3.佳乃という人物

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翌日、いつものように病院に訪れた忍は、 ナースステーションを通りかかった時、 看護師たちが偶然にも佳乃について話して いるのを聞いてしまった。 それは彼女が都内でトップクラスの業績を 誇る、数々の有名ホテルを束ねている ホテルグループの令嬢だということである。 道理で凛とした振る舞いや、品のある仕草 だったわけだ、と忍は納得の吐息を溢し、 柱の影に移動すると、その続きに耳を傾ける。 「でも何で、特別病棟じゃなくて一般病棟に入院なさってるんですか?」 「確かにそれは疑問だわ……。 看護師長は理由、ご存知ですよね?」 そこから少し間を開けて、返事が返ってきた。 「詳しくは申し上げられませんが、 京極様達てのご希望です」 「それって口止めされたってことですか?」 「“理由を知れば、周りの患者さん方が あまりいい気をしないのではないか”と……」 「何ですかそれ……。 めちゃめちゃ意味深じゃないですか……」 「もしかして……“賄賂”、とか……?」 その言葉を聞いた途端、忍は沸々と沸き 上がってきた怒りを遂に抑えきれなくなって しまった。 足早に尊の居る病室へと直行し、無機質な 銀色の持ち手を引っ付かみ、勢いよく扉を 開け放つ。 「あ、おはよ…う……。……兄貴?」 その様子に戸惑い呆けたような声を発した尊をよそに、忍は目を見開きベッドに腰かけていた佳乃の右腕を思い切り掴むと、そのまま 病室の外へと連れ出した。 まるで一瞬にして嵐が過ぎ去ったかのような 病室に取り残された尊が、驚きのあまりこう 呟いていたことを、忍は知るよしもない。 「…………え?どゆこと?」 * * * 「あの……っ、痛いです、忍さん……! 離してっ!」 病室を出てからしばらくそう抵抗する佳乃の 手首を掴んだまま、忍はしばらく廊下を 歩き進める。 男女ということもあり、半ば切羽詰まった ような忍たちの様子を修羅場と勘違いした 何人かの患者は、興味本位で振り返って 見つめている。 そんな視線を振り切り歩き続けた忍は、 やがて病棟の人気のない一番端に辿り 着いたところで止まった。 そして彼女のその華奢な手首を握る力を僅かに緩めたのも束の間、次の瞬間、忍は勢いよく壁にその背を押し付けた。 「…っ……どうしたんですか……?一体……」 明らかにいつもと違う忍の様子に戸惑って いるのだろう。 佳乃は震える声でこちらを見上げる。 まだ車椅子から解放されて間もないその両足は、スリッパにぎこちなく収まっている。 忍はそんな彼女の両足の先に、一歩己の右足 を押し付けた。 「……あんた、何様のつもりだよ……?」 「え……?」 何のことか分からないというように、眉を 寄せ一つ瞬きを寄越した佳乃に、忍の苛立ちは更に募る。 「ホテルグループの令嬢が、一般病棟に 入院!? 偽善者ぶって……見下してんのかよ!?」 「そんなつもりじゃ……」 慌ててそう反論する彼女だが、忍の耳にその 声は届かない。 昨日の、林檎を真尋にやっていた微笑ましい 光景が、頭の中で一気にどす黒く染まって いったからだ。 「じゃあ理由は?」 ため息混じりに仕方なくそう尋ねるも、彼女は言いたくないというように、首を横に 振る。
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