3.佳乃という人物

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「凄いな」 忍は気付けば、素直にその感情を口にしていた。 「え……?」 不意をつかれたように、両目を見開き固まる 佳乃。 どこかこそばゆげに逸らされたそれは、先程のものとは違い、僅かな輝きを帯びていた。 そんな彼女の様子に軽く口端を上げ、忍は 再度口を開いた。 「ずっと、世界の中の知らない社会を想像してた」 一体何を言っているのかと、頭の中が 真っ白になったのだろうか。 佳乃はポカンとし、カーネーションの唇を 薄く開けている。 その様子を見、己は住む世界の違う他人に 何を話しているのかと我に返り、口をつぐんだ忍だったが、続きを促すように目を逸らさない彼女に、再び口を開く決心をした。 「……正直、あんたもそこらの令嬢と 同じで、親の言いなりの箱入り娘か、自分の中心で世界は回ってるなんて態度とる生意気な奴だと思ってた。 でもあんたは……」 忍はチロリと上唇を舐める。 「ちゃんと自分の足でに 立ってるんだな」 忍は、その閉じられた華奢な両足首が覗く スリッパに押し付けていた、己の右足を そっと引いた。 そして壁に付けられたままの、佳乃の腰を ぐいと引き寄せその足で立たせる。 まるで蛇に睨まれた蛙の如く、先程から呆気にとられた表情を変えることのない彼女に、忍は久しぶりに心からの微笑みを口元に 浮かべた。 「ありがとう……じゃあな。__お嬢」 _もう会うこともないだろうが。 その言葉を喉の奥に呑み込むと、忍は佳乃 からのぼんやりとした視線を振り切り、踵を 返した。 まさかこんな風に、尊以外の誰かとここまで 口を利き、しかも作り笑いではない微笑を 見せられる日がくるとは、思ってもみなかった。 無造作に右手をポケットに突っ込んだ忍は、 愛車のキーをもて遊びながら、軽やかな足取りで尊の退院手続きを行うべく、受付へと 向かったのだった。
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