4.父の遺言

2/4

151人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
尊の退院手続きを済ませ、帰路に着いた忍と 尊は、床に()せっている父に呼び出され寝室へと向かっていた。 「もうそろそろ、なのかな……?」 声を抑えそう不安げな面持ちを浮かべる尊に、忍は何と答えるべきか分からず、黙って 寝室の障子を開けた。 「……っ……」 室内には当然義母の姿もあり、一瞬怯んだ 忍だったが、こちらへ向けられた鋭い眼差しの方にだけ今は集中することにする。 「尊、忍。側へ来なさい」 父は義母の手を借りながらゆっくりと起き 上がると、顔だけこちらに向けて促した。 「はい」 真っ先に返事をした尊は、畳の(へり)に気を付けながら一歩ずつ進み、その枕元で 正座した。 「……はい」 遅れて返事をした忍も、彼に倣って父の枕元まで辿り着くと腰を下ろした。 下働きの男によって完全に障子が閉め切られたところで、父は口を開いた。 「今日ここへ集まってもらったのは、他でもない、遺産と今後について話すためだ」 その言葉に、忍は改めて彼の顔に注目する。 「まず、瞳子(とうこ)」 パチリと義母の長い睫毛が一つ瞬く。 「遺産は遺言書にも書くが、全体の半分」 無論だというように満足気に頷いた彼女を 一瞥し、父は続ける。 「軽井沢に別邸を用意してある。 私の死後はそこに移り住むように」 それを聞いた瞬間、義母はどういうことだとでも言いたげに両目をむき、唇をわなわなと 震わせながら、 「な……っ!どういうこと!? この家と土地も私のものになる はずでしょ!?」 と病人である父に今にも掴みかからんばかりに詰め寄る。 だが彼はそんな義母に冷ややかな眼差しを 向けた。 「やっと本心を吐いたか。 この遺産目当てが」 すると彼女もそれに負けじとハッと渇いた 笑みを溢す。 「当たり前じゃないの。 じゃなきゃ、誰が好んで愛人つくった男なんかと離婚しないのよ」 「もういい。今すぐ軽井沢まで連れて行け」 そう父がピシャリというが否や、障子を 勢いよく開け放ち入ってきた、彼の元で 長年生活している古株の男二人が、義母の 両腕をしっかりと掴むと、そのまま抵抗する彼女を引きずり出ていった。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

151人が本棚に入れています
本棚に追加