4.父の遺言

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そして尊はその表情のまま父へと改めて 向き直った。 「精一杯、この組をまとめあげていきます」 その言葉に父は「あぁ」と返答し、僅かに 口端を上げたように忍には見えた。 「最後に忍」 その射るような眼差しがようやくこちらへと 向く。 それは長らく心待ちにしていたはずなのに、 いざ己の番になると忍の胸中は落ち着かなくなっていく。 遺産の取り分もだが、何より実子ではない己に話すことなど果たしてあるのだろうか。 だがそんな忍の心情を知るよしもない父は、 無機質な声音で容易く告げた。 「遺産は三分の二。 明日からも私の時と変わらず、尊を支える ように」 「はい……」 忍は三分の二という予想だにしていなかった 取り分に驚きながらも、彼の遺言を受け止める。 すると父はゆっくりと首だけを動かし尊に 目をやり、「忍と二人にしてくれ」と指示した。 「……!?」 その言葉にまたもや驚きを隠せない忍は、 思わず彼を凝視し、次に尊へと視線を向ける。 「分かりました」 彼は素直に頷くとスッと立ち上がり、障子を 自ら開け隙間なく閉めると去っていった。 そんな綺麗な尊の所作を、暫し呆気にとられながら眺めていた忍だったが、父の軽く咳き込む声によって再びそちらへと向き直った。 “二人きりでなくては話せないこと” そう提示されて忍が思い当たるのは、母のことしかない。 _何を今さら…… 忍は胸の奥で軽く嘲笑う。 わざわざ改まって話すことなど、己には何も ない。 そう思った次の瞬間だった。 「__忍」 突如として名を呼ばれたことに戸惑いつつも、その真っ直ぐこちらを向く視線に恐る恐る顔を上げる。 「……悪かった」 「え…………?」 まさか謝罪の言葉をかけられるとは思わず、 どういう意味だと眉を寄せた忍に、父は続ける。 「私と美穂子(みほこ)の犯した罪のせいで、お前の生きる道を狂わせてしまった」 「……っ……」 忍はきつく唇を噛んだ。 “生きる道”以前の問題だろう。 己は決して生まれてはならなかったのだ。 不倫の末に生まれた子供など、一体誰が 喜んだというのだろう。 だからこそ今まで息を潜め、死んでいるも 同然と思い生きてきたのだ。 ただそのことを蒸し返すがために、己と二人きりにさせたのか。 _もう……あんたに振り回されるのは たくさんだ…… 忍はゆっくりと吐息をつき口を開いた。 「……今さらそんな言葉、聞きたく ありませんよ」 目頭が徐々に熱くなっていき、鼻の奥にツンと痛みが走る。 視線を上げた忍を見て、思わず父が息をのんだことが分かった。 「遺言に異論なんてありません。 ご自由になさって下さい。 ただ、いい加減俺を解放してくれ! ……あんたといるだけで息が詰まりそうだ」 そう一口で一気に捲し立てると、忍は素早く 立ち上がり畳の縁など気にもせずに、乱暴に 障子を開け放ったまま去った。 この先は誰の束縛も受けず、己の力だけで 世界を生きていく。 _例え誰からも必要とされなくとも。 そう固く決意して。
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