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そして尊はその表情のまま父へと改めて
向き直った。
「精一杯、この組をまとめあげていきます」
その言葉に父は「あぁ」と返答し、僅かに
口端を上げたように忍には見えた。
「最後に忍」
その射るような眼差しがようやくこちらへと
向く。
それは長らく心待ちにしていたはずなのに、
いざ己の番になると忍の胸中は落ち着かなくなっていく。
遺産の取り分もだが、何より実子ではない己に話すことなど果たしてあるのだろうか。
だがそんな忍の心情を知るよしもない父は、
無機質な声音で容易く告げた。
「遺産は三分の二。
明日からも私の時と変わらず、尊を支える
ように」
「はい……」
忍は三分の二という予想だにしていなかった
取り分に驚きながらも、彼の遺言を受け止める。
すると父はゆっくりと首だけを動かし尊に
目をやり、「忍と二人にしてくれ」と指示した。
「……!?」
その言葉にまたもや驚きを隠せない忍は、
思わず彼を凝視し、次に尊へと視線を向ける。
「分かりました」
彼は素直に頷くとスッと立ち上がり、障子を
自ら開け隙間なく閉めると去っていった。
そんな綺麗な尊の所作を、暫し呆気にとられながら眺めていた忍だったが、父の軽く咳き込む声によって再びそちらへと向き直った。
“二人きりでなくては話せないこと”
そう提示されて忍が思い当たるのは、母のことしかない。
_何を今さら……
忍は胸の奥で軽く嘲笑う。
わざわざ改まって話すことなど、己には何も
ない。
そう思った次の瞬間だった。
「__忍」
突如として名を呼ばれたことに戸惑いつつも、その真っ直ぐこちらを向く視線に恐る恐る顔を上げる。
「……悪かった」
「え…………?」
まさか謝罪の言葉をかけられるとは思わず、
どういう意味だと眉を寄せた忍に、父は続ける。
「私と美穂子の犯した罪のせいで、お前の生きる道を狂わせてしまった」
「……っ……」
忍はきつく唇を噛んだ。
“生きる道”以前の問題だろう。
己は決して生まれてはならなかったのだ。
不倫の末に生まれた子供など、一体誰が
喜んだというのだろう。
だからこそ今まで息を潜め、死んでいるも
同然と思い生きてきたのだ。
ただそのことを蒸し返すがために、己と二人きりにさせたのか。
_もう……あんたに振り回されるのは
たくさんだ……
忍はゆっくりと吐息をつき口を開いた。
「……今さらそんな言葉、聞きたく
ありませんよ」
目頭が徐々に熱くなっていき、鼻の奥にツンと痛みが走る。
視線を上げた忍を見て、思わず父が息をのんだことが分かった。
「遺言に異論なんてありません。
ご自由になさって下さい。
ただ、いい加減俺を解放してくれ!
……あんたといるだけで息が詰まりそうだ」
そう一口で一気に捲し立てると、忍は素早く
立ち上がり畳の縁など気にもせずに、乱暴に
障子を開け放ったまま去った。
この先は誰の束縛も受けず、己の力だけで
この世界を生きていく。
_例え誰からも必要とされなくとも。
そう固く決意して。
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