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流石に年齢には抗えず忍を追うことを諦めた叔父は、「分かった、ギブ!」と声を張り上げて立ち止まった。
「そんなことより、今日は頼みがあって
帰ってきたんだよ」
自分が追いかけ回したんだろうと両肩で息を吐き、据わった瞳で振り返った忍をよそに
彼は続ける。
「ロサンゼルスに行って来てくれ」
あまりにも唐突過ぎるその言葉に、
くしゃくしゃにされた髪を手櫛で
整えていた尊が、ため息をついた。
「……いきなり何言い出すんだよ」
全くもってその通りだ。
叔父はそんな尊から疑い深い眼差しを浴びながらも、「実は…」と詳しい事情を語り始めた。
彼の話は起承転結の順がバラバラなので、この通りに説明するとこういうことだ。
長らくロサンゼルスでホテルスタッフとして経験を積み、客からの信頼も厚かった彼は
ある日、日本のとあるホテルの支配人から
是非うちのホテルで働いてほしいとスカウトされたそうだ。
その支配人はメディアにも取り上げられる程の有名人で、彼の元で働くホテルスタッフからの信頼も大層厚いらしい。
叔父も当然彼のことを知っていたので、快くその場で了承したのである。
だが一つ問題が起きてしまった。
それは彼が働くホテルと系列のそれが、設立
10周年の記念パーティーを行うので、これまた是非ともご参加をと招待されてしまったのだ。
生憎その日に日本へ帰国した足で支配人の元で働く予定になっている叔父は残念ながら
顔を出せないため、代わりに忍と尊に行って
きてくれないかということだった。
「頼む!パスポートとか必要なモンは全部
こっちで用意しとくから!」
彼はまるで借金取りに期限を延長してくれと
泣きつくような瞳で、上目遣いに忍たちを
見上げながら両手を合わせる。
「……ホントに?」
尊はそんな彼の小皺の刻まれた浅黒く日焼けした顔を覗き込んだ。
「シャンプーだけじゃなくて、
コンディショナーもちゃんと用意してくれる?」
「あぁ勿論…って、えぇ!?お前男なのに
コンディショナーもいんの!?」
これでもかというくらいに両目を丸く見開く叔父に、彼は心外だというように目を見張った。
「髪の毛生えてんだから当たり前じゃん!」
その返答に(お前もそうなのか……?)というようにこちらへと移されたつぶらな瞳に、
忍も大きく頷いてみせた。
それを確認すると彼ははぁと大きくため息を溢し、「最近の若い男は女みたいに金が
かかるな……」と小さくぼやいたのだった。
それからというもの、必要な手続きと荷造りを全て済ませてロサンゼルスへと飛んだ
忍たちは、現在に至る。
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