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パリン!と何かが割れたような音が近くで響き渡った。
一体何事かと辺りの招待客たちがざわめき始める。
「What happened?」
(何事ですか?)
握手のために差し出された右手を引っ込めた支配人のその問いに、忍も訝しげに音のした方向へ振り返った。
そこには、高級感漂うスーツを身に付けた招待客とおぼしき男が、顔をしかめオーバーに両手を広げて立っていた。
その険しい視線の先には、勢いよく頭を下げている一人の女の姿があった。
僅かに裾の広がった純白のよそ行きの
ワンピースから、閉じられた細い両脚が覗いている。
その足元に散らばっているグラスの破片に目をやった忍は、そこで思わず眉を寄せた。
彼女の左の足首が、僅かだが切れていて血が滲んでいたからである。
忍は直ぐ様支配人へと向き直ると、
「I'm sorry,Could you wait a minutes?」
(申し訳ありませんが、少々お待ち下さいませんか?)
そう半ば切羽詰まったように早口で英語を紡いだ。
「All right… .」
(分かりました…)
彼は、一体何をするつもりなのかと言いたげなその不安げな眼差しを向けながらも、恐る恐る忍に頷き返した。
それを確認するや否や、忍は足早に招待客の間を通り抜け女の側へと向かった。
ここは恋人を待たせたという設定で振る舞おうと瞬時に決定すると、その華奢な色白い左肩にそっと右手を置く。
「Did I keep you waiting?」
(待たせたか?)
当然驚いたようにこちらを振り返った彼女の
顔を覗き込んだ忍に、予想だにしなかったことが待ち受けていた。
その顔を瞳に映した忍は、思わず息をのむ。
一体これは何の縁か。
偶然と呼ぶにはあまりにも出来過ぎている。
「忍…さん……?」
カーネーションの唇に彩りを添えた、一年ぶりの京極佳乃の姿が、ここにあった。
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