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「あの、忍さん?一体どこへ……?」
左手を引かれながらも、この状況が理解できないというように発せられたその戸惑った声音は、足早に歩いているせいか少し上擦って聞こえる。
「俺の部屋」
「へっ!?」
そのような即答は予想だにしなかったとでも言いたげに、佳乃の口から頓狂な声が漏れた。
「ただ薬と消毒液を取りに行くだけだ」
忍は軽く吐息をつき一旦立ち止まると、分かりやすく淡い瞳を大きく見開いている彼女を振り返る。
「別にあんたに対して下心があるわけじゃないし、治療以外の目的で触れることもない。
だから安心しろ」
「……治療?」
そもそも何を言われているのかということ自体が分からなかったらしい。
佳乃は、先程から白黒させている忙しない瞳の動きに呼応するように、小さく小首を傾げる。
そしてややあって「あぁ…」と府に落ちた声を溢し、
「もしかしてこの足のことですか?」
自身の足を再度見下ろし、どこか困ったようにはにかんでみせた。
「これくらい、パーティーが終わってからでも十分大丈夫ですよ」
そしてふわりと、何時かと同じ微笑を口元に湛えこちらを見上げ直すと、
「心配して下さっていたんですね。
ありがとうございます」
軽く会釈を寄越した。
忍は思わず彼女から視線を逸らし、低く喉を鳴らす。
その一連の全ての動作が、あまりにも自然だったからである。
無論、先程の微笑も。
_これは……勘違いしそうになるな……
波打つ心臓と、押し寄せる淡いものを瞳を逸らすことによって隠しながら、忍は己を保つ。
彼女の怪我に気が付いた人物が、たまたま己であっただけであると。
例え今目の前にいるのが忍でなくとも、彼女はきっと同じ微笑を見せたに違いない。
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