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そして、空いていた左手もその腰にあてがう。
完全に己の腕の中にすっぽりと収まり、抱きすくめられている状態となっているからか、佳乃の揺らいでいた視線は更に戸惑いの色を帯び、長い睫毛も伏せられる。
そんな彼女を見下ろしながら、忍は先程己の投げ掛けた言葉の続きを紡いだ。
「今あんたの目の前にいるのは、昔馴染みでも、ましてや恋人でもない。
赤の他人で__素性すらよく知らない男だ」
「そんなこと……っ」
反射的に顔を上げ、反論を試みたものの、それ以上の紡ぐ言葉は見つからなかったようだ。
佳乃の心持ち大きく開かれた口は、一瞬にしてその薄いカーネーションの膜に覆われてしまった。
「違うか?違わないだろ?」
追い討ちをかけるように、そう誘導の台詞を吐いた忍だったが、何故か己の心臓がチクリと痛む感覚がする。
理由の解らぬもどかしさに、眉を寄せる忍の視界に、どこか心配そうな彼女の眼差しが控え目に入り込んだ。
忍はその様に、あぁ、そうかと理解する。
己は彼女に己を知ってほしいのだ、と。
そしてはたと、己は何を思っているのだと自嘲気味に小さく笑む。
_俺と彼女では、“生きる世界”すらも異なるのに……
スッと真顔に戻った忍は、まだこちらを心配そうに見上げている佳乃に視線を合わせ、再び口を開いた。
「そんな俺に、簡単に隙を見せるな。
密室で二人きりなんだから、こんなことをされてもおかしくはないだろうな……」
そう言うや否や、忍はその白い肌が露になっている背から、華奢な腰にかけて、ツツ……と何本かの指先でなぞりあげた。
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