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佳乃を部屋まで無事送り届け、己の部屋へと戻った忍は、備え付けのハンガーに彼女から返却されたスーツジャケットをかけようとしたところで、ふとその手を止めた。
よく見ると、ジャケットの懐部分が僅かにだが膨らんでいる。
「……!?」
もしや…と忍の胸中に嫌な予感がよぎる。
彼女が、スマホ、もしくは財布をそこに入れたまま取ることを忘れてしまっているのではないだろうか。
否、これらに関わらず貴重品の類いならば、すぐにでも届けなければ。
得意の観察眼を用いて瞬時にそう判断すると、忍はジャケットの懐に恐る恐る右手を差し入れた。
「……!」
サラリとしたナイロンのような肌触りに、スマホでも財布でもないことが分かり、ひとまず安心する。
しかし、そうなると_。
_これは、何だ……?
この際なのだからもう仕方ない。
忍は思い切って、懐からナイロンの物体を取り出した。
己の視界に入ったそれは、丁度手のひらに収まるくらいの小さな巾着袋だった。
「……!?」
すると、暫し固まり小首を傾けていた忍の鼻孔を、ふわりと微かな甘い香りが擽った。
「…カモミール……?」
その香りの正体を辿ったものの、自信はなくやや弱々しく呟く。
だが無論、それを拾い答える人物はいない。
どちらにしても、取り敢えず彼女の忘れ物であることに変わりはないだろう。
_届けに行くか……
そう一つ吐息をついた、丁度その時、ピリリリ…と着信音が控え目に静かな室内に響いた。
忍は、反射的にスーツパンツの右ポケットからスマホを取り出し、画面に表示されている番号を確認すると、またも小首を捻る。
明らかに登録されていない番号だったからだ。
一般的に、親しい間柄だと名前で登録するのが主流なので、わざわざ番号までは覚えていないものだが、忍は、登録されている全てのそれを記憶している。
何故そのような煩わしいことを、と以前会った際、同期生に問われ、忍は淡々とこう返した。
『保身のためだ』
そして何より、“結城”を守るため。
いつ何時どこかで落とし、或いは誰かに奪われ、対立関係にある他の組の手に渡るか分からないのだ。
念には念を入れておかなければならない。
訝しげに眉を寄せながらも、忍は“応答”を指先で軽く叩き、スマホを耳にあてた。
「…………はい」
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