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「もしもし。忍さん?」
そう返事を寄越した鈴の音を転がしたような声音に、忍はつい先程まで顔を合わせていた彼女だと分かり、安堵からか知らず小さな吐息が漏れた。
そういえば、と一年前に尊が入院していた際、彼女に些細ながらも頼み事をするため、電話番号を交換してもらっていたことを思い出す。
結局その必要はなくなり、使うことはなかったが。
「……お嬢?」
忍はスマホを一旦左手に持ち替えると、広々としたダブルベッドの端に、ストンと腰を下ろした。
「はい。…さっきぶりですね」
電話越しに聞こえる彼女の声音は、当然ながら互いに顔を合わせている時よりも、少し低くややくぐもって己の耳へと届く。
「そうだな」
伏せ目がちにそう相槌をうった忍が、ふと気付けば己の背中は自然とベッドの背に立て掛けられている枕に預けられていた。
柄にもなく何故か不思議と、心身共に穏やかで落ち着いている己に戸惑う忍の心中など、佳乃が知るはずもなく会話は続けられる。
「忍さん。サシェ…気付きましたか?」
「さしぇ?」
突如としえ発せられた聞き慣れない単語に、忍の声音は軽く裏返った。
「はい」
くすくすと軽やかな思わず、といった笑い声を噛み締めている彼女が眼に見えるかのようで、何だか気恥ずかしくなり忍は、わざと少しだけ声を張って咳払いをした。
そして視線をつと、先程目に留まった巾着袋へとやってみる。
もしやこれのことだろうか。
すると、ややあって彼女の方から
「カモミールの香りがする、巾着袋です」
と返答があった。
やはり彼女の持ち物だったと合点がいき、忍は「あぁ…」と自然と首を大きく振って頷く。
「…分かった。今から届けに行く…」
そう、いつもの調子と何ら変わりなく、返したその声音は、何故か再び彼女の軽やかな笑い声によってかき消されてしまった。
「大丈夫ですよ、忍さん。
……それ、ささやかですけど、私からのお礼…みたいなものですから……」
「お礼?」
特別、何か礼を言われるようなことをした覚えはないが…と眉を寄せ小首を傾げながら、忍はスマホを右手に持ち替える。
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