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「はい……_」
そう返事を寄越した佳乃だったが、何故かそこからしばらく沈黙が続いた。
設備が行き届いている、いわゆる高級ホテルなので、電波の状況は申し分ないはずだ。
となると、彼女のスマホに異変が生じたのだろうか。
そのような疑問を脳裡に渦巻かせながら、忍が「もしもし?」と確認をとろうとした、その時だった。
「実は、この一年の間に色々なことがあったんです。
仕事でも、プライベートでも……」
“プライベート”という言葉に、忍は己の心臓が分かりやすく波打ったのを感じた。
それを少しでも悟られぬよう、スマホを持ち直し、わざといつもより冷めた声音を吐き出す。
「……それは、良くも悪くも?」
「はい…。……本当に…良くも悪くも……」
噛み締めるようにゆっくりとそう答えた後、小さく吐息を漏らす音が聞こえた。
「ホテルグループの令嬢としては、嬉しいことばかりでした。
……でも、それを…否定されてしまって……」
『誰に?』とは聞けなかった。
聞かなくても分かっていた。
_彼女にとって、大切な人だったことくらい……
「ごめんなさい、唐突に……。
こんなこと、話されても困りますよね……」
「…………」
何と相槌を打つべきか、忍が考えている間に今度は早々と佳乃は続きの言葉を紡いだ。
「……さっき夜景を見たとき、その辛かった出来事が、不思議と、初めから綺麗さっぱりなかったかのように感じたんです……。
それは……」
一度そこで言葉を切ると、
「……それは、忍さんが隣にいてくれたことと、無関係じゃないと私は思ってます。
少なくとも、私が知ってる忍さんは、一年前と何も変わってなかったから……だから、安心したし、落ち着けました……」
その言葉に、忍は一瞬ドキリとして、ベッドに立て掛けられている枕に預けている己の背を振り返り見る。
「……っ__」
『それは俺も』
そう言いかけたが、止めた。
次の彼女の言葉を聞いた時、この選択をやや後悔することになるとは、露知らずに。
「だから、そのお礼に。
枕元に置くと、リラックス効果や疲労回復にも繋がるので、ぜひ今晩試してみて下さい。
…長くなってしまってごめんなさい…っ…」
「いや……」
「それじゃあ…おやすみなさい……」
「ありがとう。……おやすみ」
通話が終了しても、忍は暫しスマホを耳元にあてがったままにしていたのだった。
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