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帰りの荷作りを行うべく、忍が尊の部屋を出た丁度その時のことだった。
「忍さん!」
鈴の音を鳴らしたような、聞き覚えのあるその声音に扉から顔を上げると、案の定、小走りでこちらへと駆け寄ってくる佳乃の姿があった。
ストレートに戻された黒髪が、胸元で緩く結ばれたライトブルーのカーディガンの肩口でさらりと揺れる。
「お嬢……?」
今やすっかり馴染んだその呼び名が、何故か疑問符と共に出たのは、きっと何処か新鮮に映る私服姿により、一瞬別人に見えたからだろう。
羽織られたカーディガンの下には、オフホワイトのロングタイトワンピースが身に付けられていて、昨晩よりカジュアルな印象を受ける。
最も、それをよく表していたのは足元の白のスニーカーだったが。
_……いや、それよりも…だ
忍は、いつの間にか彼女のその清楚過ぎず、かつラフ過ぎない、絶妙な合わせ方に関心を示していた己を慌てて我に返らせると、「おはよう」と口を開く。
「…どうしたんだ?
昨日言い忘れたことでも?」
すると、佳乃ははっとしたように素早く居住いを正すと、
「おはようございます」
と丁寧に会釈を寄越した。
「やっぱり、直接会ってお礼が言いたくて……。
でもお部屋にいらっしゃらないようだったので、もしかして、もうチェックアウトされてしまったのかと……」
そのためだけにわざわざ走ってきたのか…と、忍は半ば呆れ、半ば感嘆の小さな吐息をつく。
_だが……
「よくここが分かったな……」
「偶然ですよ」
そうふわりと笑むと、その微かに赤みを帯びた頬に小さく笑窪が浮かび上がった。
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