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一年前にも思っていたが、佳乃は感情表現が素直だ、と忍は今改めて感じた。
こうして彼女と接していると、何故か己もそれにつられているような気がするのだから、不思議だ。
_あくまで心の中で、という話だが……
胸中でそうぼやき、彼女に気づかれぬよう、小さくそっと吐息をつく。
やはり己には、彼女のような素直な感情表現はおろか、尊のように見飽きない百面相も出来ないのだろうか。
否、別にそれをしたいというわけではないが、もし出来たら己にも感情表現の豊かさが身に付くのではないか。
そこまで考えたところで、忍はふと思った。
_素直に感情を表すことができるのは、何故だろうか、と。
例えば、今目の前の彼女は、何故こうも容易く己に相貌を崩すことができているのか_
バタン!
「あ、良かった、まだいた!」
突如として開かれた扉から、何故かワイシャツのボタンを食い違えてとめている尊が、忙しなく姿を現した。
反射的にそちらへと視線をやったことによって、先程まで考えていた忍の疑問は、何処かへ追いやられてしまった。
「準備出来たら俺がそっちに行くから、兄貴は部屋で待って…て……」
そう一気に早口で捲し立てていた声量が、徐々に弱まっていった彼を訝しげに思い、忍はどうかしたのかと小首を傾げる。
その視線の先に佳乃の姿があったことを、はからずも己はこの時、理解に暫し時を要したのであった。
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