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「酷いじゃないか、生徒会長さん。僕は抵抗なんてしたつもりはないよ」
「さっき逃げたじゃないですか」
「抵抗っていうのは向かって行くことなんだから、正反対じゃないか」
つまり僕のした行為はむしろ賞賛されるべきはずだ。さぁ、褒め称えるが良い。
「うるさいです。その頭を柘榴にして百貨店に陳列しますよ」
随分と独特な脅し文句だ。恐れ戦くのにワンテンポが必要になる。ただ、想像すると結構エグイ。食事中だったら吐いていたところだぞ。
更に銃口がグリグリと押し付けられる。っていうか、どちらにせよ今は抵抗をしていないのだから、早く用件を話して欲しい。そして銃も後頭部から離して欲しい。本当に痛い。
「さっき、見ましたよね?」
これが甘酸っぱい恋愛小説の世界だったら、問われている主語はきっと下着とかなのだろうけれど、生憎と辛苦い現実ではそうもいかない。
いやぁ、全く不運だ。不幸主義者としては思わず顔がニヤケてしまう。放課後、いつものように図書室でダラダラと本を読んで過ごした後、そろそろ帰ろうと下駄箱に向かい、そこで靴を履き替えているとき、教室に忘れ物をしてしまったことに気が付いたのが十数分前の出来事。
忘れたものはボールペンで、お気に入りの一本ではあるが、別に筆記具はそれしか無いわけではない。普段ならば諦めて帰るのだが、今日は何の気紛れか、取りに戻ることにした。
つい昨日、この辺りで放火とか不審死事件とか起きたらしいし、怪しい人に出くわすとか不幸なことが起きないかなぁ、とドキドキしたものの、特に恙なく回収を終えてしまった。期待はしたものの、不幸な事なんて滅多に起こるものでもないから、まぁそうだろうな、という程度の感想だ。
しかし、この願いは時間差で聞き届いた。
気紛れに、遠回りして普段は使わない方の階段から帰ろうとした。こっち側は物置とか生徒会室とか、普段は一般生徒が寄らない場所なので、非日常感というか、何となく空気が違うように感じてドキドキしていた。
ちょっとした冒険気分を味わいながら階段に向かっていると、階段を挟んだ廊下の奥にある教室の扉が開いているのが見えた。
確かあの部屋は、生徒会室だった気がする。換気でもしているのだろうかと思ったが、それならば他の教室の扉が閉まっているのは少し違和感を覚える。
誰かが使っているという線もあるが、もう部活も終わっているくらいの遅い時間だ。学校に残っているのは教師と用務員くらいだろう。だとすると、閉め忘れの可能性が一番高いだろうか。
そんなことを思っているうちに、足取りは階段を通り越して生徒会室に向かっていた。この高校に入ってからもう1年以上が経つが、生徒会室は一度も見たことがなかったので、どんな部屋なのか少し興味があったのだ。その好奇心の赴くまま、何と無しに足音を消して、そろりと近付いていく。
部屋の前に着くと、人の気配を感じた。達人が「気」を感じるのとは違って、単に物音が聞こえたというだけだが、恐らく誰かいる。話し声は聞こえないので、いるのは多分1人だろう。
コという字の空いている部分を扉側に向けたように机や椅子が配置してあり、奥の方の机に、正方形と長方形の中間くらいの形の白い箱が置かれている。大体、ケーキが1ホール入るくらいの大きさの箱だ。
箱が置いてある位置まで数m離れているので、少し見えずらいが、毛筆の少し崩れた字で「口福」と書いてある。そういえば、こんな名前のケーキ屋さんが学校の近くにあった気がする。
その箱が7箱積まれていた。ケーキの空箱の山の奥で、生徒会長が8ホール目と思われるケーキを幸せそうに食べている。
8ホールも食べるなんて、生徒会長はケーキが大好きなのかな。まぁ、それは冗談だとしても、生徒会のメンバーは5,6人だったはず。全員で食べたとしても、1人1ホール以上も食べたという計算になるから、とんでもない量だ。
生徒会長は8ホール目のケーキを食べ終わると、空の箱を積もうとして、視線が上がった。あっ、マズい、隠れるのに間に合わない――
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