パラノイア

3/3
前へ
/14ページ
次へ
4枚の紙きれを読み終わった優香は、あまりの無残ぶりに吐き気を覚え、 その場にうずくまった。。 私が最もおぞましさを覚えたのは、あの4枚の新聞紙に映る 容疑者の顔写真。。 今の立花悠太に、もう瓜二つだったのだ。 あの顔写真は、全体がニキビで覆われていて、目も細く吊り上がっていた 現在の立花悠太も、同様のニキビ顔で、まったく同じ吊り上がり具合だった。 こんなことを言うのは最低かもしれないが、彼の顔面の、 何とも言えない気持ちの悪さも、、あの強姦犯に、もう瓜二つだった。 彼の祖母は、うずくまる彼女の心身の状態を案ずると、 ゆっくりと近くへ寄っていき、その丸くなった背中を優しくさすった。 予想外の狂気的事件に、ある程度の時間、優香は放心状態だったが、 それでも事の真相を知りたいという欲求が勝り、うずくまりながら、 背中をさすってくれる祖母に、その先の事実を求めた。 優しいおばあさんは、また静かに口を開いた。 「さっき読んだ、事件の生き残り女性一人が、 私の娘であり、悠太の母である、 立花薫だよ。」 、、、、 なら、、立花くんのお母さんは、過去にレイプされていたってことなの、 それじゃあ、それがなんで、、立花くんの虐待と関係しているの、) 優香の心の声を悟ったかのように、祖母はまた、事実の続きを話し始めた。 「17年前のあの事件のせいで、私の娘は左足と右親指、 そして心を、、あいつに持っていかれたんだよ。 事件以来、薫は明らかに訳の分からないことを言いだすようになった。。 私は汚くないだとか、左の手がない、親指がない、、探してよ。 だとか、 今、わたしのお腹を誰かが蹴った、、だとか。」 「私のお腹を誰かが蹴った、、?」 優香は、うずくまった体をお構いなしに、無理やり引き上げ、祖母を見た。 泣きそうになる目を押し殺して、彼の祖母は静かに言った。 「ああ、、そうさ、例のレイプ事件によって、 薫のお腹に身ごもってしまったのが、あんたの知っている、、 立花悠太なんだよ」 今まで強気だった優香も、さすがにその心身がボロボロになっていた。 それでも祖母は、これみようがしに口を開き続けた。 「それでね、? わたしはね、? 当然のように堕ろしなさい、っていったんだよ、 でもね、、薫から返ってきた答えはまさかのものだったのさ。」 「まさかのもの。?」 その不思議なフレーズに、優香は目をまん丸くし、その言葉を繰り返した。 「ああ、本当にまさかのものだったよ、、だって血眼になった目で薫は、、 ‘虐待したいから産ませて‘  って言ってくるんだから。 だから薫は、産んだ悠太へ毎日のように【虐待】をし続け、 そしてその【悠太】という人間を、全て奪っ去った醜いあいつに見立てて、 快楽の赴くままに復讐していたんだよ。」 そう言い終えると、おばあさんは私の口の前にビニール袋を構えてくれた。 私は、その優しさに甘え、激しく吐しゃ物を出した。 けど、、おばあさんは一度開いた口を止めてはくれなかった。。 「そしてね、、薫は悠太が出生してからの3年もの間、 ずっと遠慮なしに、暴力をふるい続けたのさ、左足を返せ、指を返せ、 わたしの心を返せ、そう言いながらね。 そして3年経ったある朝、私の生涯愛すると決めた娘は、 キッチンに置いてあった出刃包丁で、自分の首を掻き切って自殺したんだ。」 優香は急な展開にもうついていけなくなり、その呼吸が乱れ始めていた。 「生前に書かれた遺書も後から見つかってね、、 【やっぱり無理です、顔も動きもそっくりです、】って書かれてあったんだ。 その薫の自殺からだよ、悠太が「妄想」を抱くようになったのは。。 僕、幼稚園でもみんなから超かっこいいって言われるんだ!!だったり、 誰もいないのに、ねぇね!とか、にぃに! とか言い出し始めたり、さ。」 なるほど。 それで、お姉さんやお兄さんがいるって、安西先生も勘違いしたんだ。 優香は祖母の話を聞き逃さない程度に、自らの内心で納得した。 「でも、やっぱりおかしいと思ってね、一応精神科に受診させたんだ、 じゃあその先生からは、「心神喪失と偏執症」って診断されたよ。」 「偏執症?」 優香は聞いたとこもないその言葉に、思わず聞き返していた。 すると祖母も、くすっと笑みを浮かべながら、優しく答えてくれた。 「へんしゅうびょう、、さ。 誇大性のある妄想や敵意むき出しな(被害妄想)を抱くようになるらしい、 別の名称で、、、 ん? なんだったかな、、パラ? パラ、、なんとかって 先生は言ってたけど、欧米用語すぎて、忘れちゃったよ。笑」 彼の祖母はそう不敵に言うと、おもむろに立ち上がった。 「あんた、さっきから顔色悪いよ、 ちょっとお茶でも持ってきてあげるから、ゆっくりしていきなさい。」 そう優しい笑顔を私に向けると、台所の方までゆっくりと歩いていった。 あれ、、? 誰かが知らないうちに、 この居間にあるテレビのチャンネルを切り替えていたようだ。 目の前にはいつの間にか、まったく別の番組が映し出されていた。 バラエティー番組のような内容で、大の大人たちが、一生懸命熱湯風呂に入っ ては、面白おかしく熱い、熱い、とはり叫んでいた。 気分が悪くなっていた優香にとって、こんなくだらない笑いは、心の救いにも なっていた。優香は自然とその表情をほころばせた。 だが、そんなときだった。。 テレビの上部付近に「ニュース速報」とテロップが映し出された。 今まで楽し気に行われていた番組は、強制的にある事件現場の 光景に切り替えられ、テレビの中ではアナウンサーとおぼしき男性が、 マイク片手に必死で、今起きた事件内容を伝えていた。 「ただいま私は、今日起きた事件現場のすぐ目の前に来ています。 東京文京区内、音羽2丁目の閑静な住宅街が今回の事件現場となり、 私の目の前には、ブルーシートで大きく覆われた犯行現場が、 映し出されています。 中の様子はうかがい知れませんが、この住宅街に住む近隣住民によれば、 あの場所には、白い倉庫のようなものが立地していたようです。 捜査関係者によると、今日の午後17時頃、目の前にあるこの倉庫内で、 女子高生3人が強姦、殺害されていたそうです。 死因は皆、体の一部が切断されたことによる失血死。 被害女性の内一人の頭部も、 なぜか、現場から無くなっていたようです。 以前、犯人は逃走中、、警察は直ちに捜索本部を設置し、 強姦殺人の容疑で、現在も犯人の行方を追っています。」 目の前に映し出されるニュース速報に、優香は絶句した。だって、、 この近く、、だよね。 私は、強姦、殺人、頭部がなかった、というワードに、 この世のものとは思えない恐怖を感じ、すぐにおばあさんを呼んだ。 台所から戻ってきたおばあさんは、なぜか、、 にやにやした顔つきで、こちらに戻ってきた。 「おばあさんっ、、見てっ、、このニュース、、殺人って、、」 「まぁまぁ、まぁまぁ、、 いいじゃないのさ、そんなニュース、今は。」 そう言っておばあさんは、持ってきてくれたお茶を私の目の前に突き出した。 その顔はなぜか、、うれしそうな笑顔だった。 おばあさんの意味深な笑顔に、少しだけ違和感を感じた私だったが、 心を落ち着かせるように、突き出されたお茶を飲んだ。 うわっ、、 そのあまりの苦さに私は、思わず顔をしかめた。 それでも彼女は微笑んでいたので、気を遣い、、ありがとう、と言った。 「じゃあ私、これで失礼させていただきます、 今日は本当にありがとうございました。すいません、あんなにえらそうに。」 「なに言っているのさ、、まだ帰らなくてもいいじゃないか、 もう少しここにいときなよ。。」 「いえ! これ以上、居座るのは申し訳ないので。。」 そう言うと、私は静かに立ち上がり、 おばあさんに背を向け、居間から出ようと歩き出した。 その時、、背後のおばあさんから、、、 「もう遅いよ」 そう聞こえた気がした。 反射的に振り返った私に、おばあさんは、ずっと微笑んでいた。 「ただいま」 玄関からも誰かの声が聞こえた気がした。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加