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「千秋さーん。お荷物預かってますよー」
まだ蒸し暑い夕方。友人達と遊んだ帰り、彼方は千秋の部屋の外からそう声をかけた。約束のおつかいは忘れてはいない。
しかし返ってきた千秋の返事は遠かった。
『そちらから入ってもらえますかー?』
遠い声だった。あの狭い部屋にいるのなら、すぐ近くに感じられるはずなのに。
しかし千秋はその狭い部屋には居なかった。
「こっち、こっちです」
声のした方にはふすまが細く空いていた。千秋の指だけがふすまの隙間から出ている。
「ごめんなさい。今奥で着替え中で……」
「あ、そうなんだ。荷物届けに来ただけだから、出てこなくていいよ」
あの狭い部屋の奥にはさらに部屋があった。どうやらそちらが千秋の寝室らしい。
そして彼方が迎えた部屋は応接間のようなものなので、人を招く時に使うのだろう。
「茜さんから預かった本だけど、どこに置いておけばいい?」
「ええと、机の上にお願いします」
「レシートは袋の中に入ってるけど」
「できたらレシートは東側の棚にある赤い箱に入れてくれると助かります」
「わかった」
与えられた役目をこなそうと彼方は生き生きと働いた。
これも立派な手伝いだし任せてくれるのは嬉しい。
赤い箱を開けば、すでに紙片の山があった。
「いつも茜さんに買い物をしてもらっていますから。レシートやらをまとめて、あとで支払う事にするんです」
「ふうん」
ふすまを挟んだ部屋の奥からでも見ているかのように千秋は説明した。
いけないと思いつつ、彼方は託されたレシートをみる。
『王子さまがかっこよくてキュン死にしちゃう②』という書籍タイトルに彼方に思考は一瞬途切れた。
恐らくは少女漫画だ。
千秋は意外でも年相応だが、茜はこれを一体どういう顔で買ったのか。
「……私が少女漫画を読むのがそんなに意外ですか?」
ふすまごしであってもレシートを盗み見た事を千秋に見抜かれていた。衣擦れの音がするためまだ着替え中であるはずなのに。
「ええと……ごめんなさい。見ちゃいました。でも、そういう千秋さんも可愛いと思うよ」
「そういう事を言うのだから本当に恐ろしいですね、あなたは。まあ、レシートぐらい見ても構いませんよ」
「いいの? すごくプライベートな情報だと思うんだけど」
「どうせ茜さんも知っている事です。それに、着替えを覗かれるよりはましですし」
「……着替えなんて覗かないよ」
「どうでしょう。四年後には覗きたくて仕方なくなっているでしょうね」
「嫌な予知やめて」
あり得ると今から思えるあたりが微妙に嫌な彼方だった。
しかしおおらかな千秋が着替えを見られるのは嫌だというのは意外だ。
普通なら相手が子供だから警戒すらしないものだ。その警戒が彼方には男と認められたようで嬉しい。
「レシート、長いのが多いね。コンビニのかな」
「はい。最近のコンビニの食事は手軽でおいしいので」
着替え中、覗いたなどいう言いがかりをつけられないよう彼方はレシートを見る事にした。やはりジャンクな食品が多い。これらを全て食べているのだから、千秋は本当に食欲旺盛だった。
そんな中、ふとあるレシートが目についた。長いレシートはコンビニのものだ。その中にある購入したものを見て、彼方はそれをポケットにしまいこむ。
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