十歳の婚約

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■■■ 幸い彼方が更に考える時間や決意する時間はあった。それでも彼の答えは変わらない。 答えがわかっても答え合わせをするのは茜がいなければならない。どうやら茜は都会にいる千秋父について長期の仕事をしているらしい。 その間に彼方と千秋は普通に暮らした。 その間結婚や秘密や勝負の話などしない。雑談やゲームをして、時には彼方が千秋を手伝ったりして過ごす。 そして茜が帰って来たのは夏休み末。夜風に秋の気配を感じるような頃だった。 「茜さん、お疲れさまでした」 茜の部屋にお邪魔する形で彼方は待っていた。 彼方達親子の部屋と同じ作りの部屋に茜は一人で住んでいる。 茜ならば近くに部屋を借りてもいいほどに稼いでいるし地域に馴染んでいるが、それでも彼はこの宿舎に居たいらしい。 茜の部屋は大人の男らしい部屋だった。 とくに飾り気はなく、酒瓶や衣服や書類が辛うじて生活ができる程度に散らかっていた。 この部屋の鍵はいつでも空いている。現に茜も勝手に部屋の中で待っている彼方を見ても、豪快な笑みを向けるだけだった。 「ただいま。先にお嬢さんのとこに寄ってさ、土産はそっちに置いちゃったから、後で二人で分けてくれな」 茜は荷物をベッドに置いた。そしてジャケットだけを脱ぐ。なんとなく、これからを察して普段着に着替えるつもりはないらしい 「お土産ってなに?」 「ホールケーキと紅茶。でもいつもみたいに他の人には内緒だからな」 「わかってる。僕がケーキを切り分けたりお茶を入れたりすればいいんだよね。千秋さんの代わりに」 その言葉に茜の動きは止まった。 「……秘密、わかったのか?」 「うん。千秋さんは足が不自由だ。それが秘密としていた事、だよね?」 答え合わせの時。茜はネクタイを緩めた。 「正解だ。お嬢さんは足が悪い。皆はそれを知ってるが、彼方にだけは知らせていなかった」 彼方は千秋が歩くところを見た事はなかった。いつも彼女は部屋の中央に正座して、自分から動く事はない。 しかし占い師や令嬢という立場からだと彼方はそれを不思議に思う事はなかった。 不思議に思ったのは、彼方を動かす時にやけに理由をつけていた事だ。 その他にも異様に狭い部屋など、ヒントはいくらでもあった。 異様に狭く棚の多い部屋は、足の悪い千秋のためにある。 広くすっきりした部屋より、狭く欲しいものにすぐ手が届く部屋の方が千秋には都合がいい。 そして占いの作法。部屋に入るタイミングを指示したのは千秋が歩く姿が見られないようにするためだ。だから後に入って先に出るよう言われたのだ。 極めつけは投げられた湯飲み茶碗。 未来予知から受け止められたと彼女は言ったが、本当に予知したのなら湯飲み自体を避ければいい。 立ち上がって別方向に避けてしまえば、着物を茶で汚す事もない。 しかし千秋にはそれができない事情があったため、受け止めるしかなかった。 「千秋さんは一人で歩けるけど、片足を引きずってしまうし急には動けない。動き回れる僕とは真逆だ」 彼方にだけ秘密で知られたくはなかった理由は、彼が自由なところにあった。 外遊びが好きで好奇心旺盛。そんな彼方に足を気遣われる事を千秋は嫌がったのかもしれない。 そして足の事を知れば彼方も結婚なんて諦めるはずだった。 長い付き合いになる。今なら軽い助けがあれば千秋は動けるが、いつか助ける事も難しくなるだろう。
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