十歳の婚約

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■■■ 千葉彼方は好奇心旺盛な少年だった。 謎があればしつこく大人に尋ねたり、初めて見るものを迷子になるまで追いかけたりするような子供だ。 当然両親はそんな彼方を疎んだ。そのせいとは言えないが、母は二度離婚している。 二度目の離婚を経験した母は生活に困った。女一人で彼方のような目を離せない子供を世話しながら仕事などできそうにない。 そんな彼女は昔のツテを頼り、加々美家という地方にある古く強い権力のある家で、住み込みで働く事が出来た。 しかも彼方を加々美家の令嬢である千秋の話し相手をして欲しいとまで言われ、保育園感覚で母は彼方を預けたのだ。 しかし実際は、好奇心旺盛な彼方が大人しく千秋の話し相手になるはずがなかった。 彼はまず千秋に対して質問責めにした。 『あなた誰? 何歳? 中学生? どうして着物なの?』、と。 確かに話し相手の役割を果たそうとしていたが、一方的であった。 しかし千秋は丁寧に答える。 『私は加々美千秋です。今年十四になります。中学生にあたりますが学校には行ってません。占い師のような仕事をしています。着物なのはその仕事のためです』、と。 その答えを聞き、彼方は感動した。全ての質問にきちんと答えてくれる人物は今までいなかったからだ。 大抵の大人は面倒くさがるかごまかすし、子供はわからない事を気にもしない。それが普通であるらしい。 嬉しくなって彼方はさらに質問した。どの質問も千秋は嫌な顔もせず答えた。 そこからさらに彼女が未来予知という特殊な能力を持つ事から学校にも行かず占い師をしている事がわかった。 その能力とは一族に遺伝する事。それを目当てに政財界の有力者が彼女に相談しにくる事。その能力を維持するためずっと家にいる事。などもわかった。 彼方が話し相手として歓迎されたのは、千秋に年頃の友人がいないためだ。加々美家で暮らすのは大人ばかりだった。 話し相手とはいえ制限はある。千秋はほぼ家で閉じこもるように暮らしていたため世間の少女とは大きく違ったし、彼方はその年頃の少年らしく外遊びが好きだった。話が合うはずのない二人だ。 しかし彼方の好奇心旺盛と千秋の博識がうまくかみあい、二人はあっという間に親しくなった。 彼方もこちらの小学校でほどほどに友人を作ったが、何より優先したのは千秋との時間だ。 そうして彼方と千秋は仲良くなったのが四月。千秋の婚約者が火災により死亡したのが七月末である。 千秋には敦也という婚約者が居た。両親が千秋の能力を子に引き継がせるため、加々美とは遠縁の霊能力者を用意したのだ。 霊能力とは言っても敦也の場合自称で、詐欺に近い。 しかし能力を引き継がせるという事に重点を置いたため、千秋と二十も年の離れた彼が婚約者となったのだった。 七月中旬から敦也は加々美家に滞在した。 夏休み中ずっと千秋のそばに入られると思っていた彼方は密かに落胆した。婚約者が相手ならば譲らねばならない。 しかし千秋と敦也の仲は良好とは言えなかった。 なんでも敦也は生活苦から加々美家の世話になっているらしい。そして失敗できないような仕事を引き受けては千秋に協力を求める。 敦也は完全に婚約者という立場に甘えているようだった。 そんな振る舞いだったため、彼が滞在する離れで寝タバコによる火災で焼死したとしても、悲しむ者はあまりいなかった。 むしろ離れが半焼したという被害と、千秋の伴侶問題に頭を悩ませる者が多い。 その伴侶問題が千秋の勝負により決まりそうになっているのだが、大人達は子供の遊びと誰も気にはしていなかった。
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