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「なぁ、今なら答え合わせで間違った事にしてやれる。だから諦める気はねぇか?」
「……それって、」
「彼方が半端な覚悟で結婚だ婚約だなんて言い出して、裏切られたら一番傷つくのはお嬢さんだ。だからもういいだろわかっただろ。諦めてくれ」
怒るでもなく、悲しみに満ちた目をして茜は頭を下げた。
その対応でわかる。彼も彼方を子供扱いはしていない。大人であってもこうして頭を下げて頼むだろう。
それだけ千秋の事情は重く、茜はそれを思いやっている。もしも彼方が『足が悪いのはちょっと』とでも言えば、一番傷つくのは千秋だ。
彼方だってそこまでの覚悟はないかもしれない。だから『間違えていた』と茜は嘘をつくこともできる。そうすれば千秋は傷つかないし、彼方もここで意地をはって結婚する必要はない。
「……僕のことは信用できないのは無理ないよ。僕はまだ十年しか生きてないし千秋さんと出会って数ヶ月だ。僕が何を言ったとしても夢みたいな話なんだ」
一人の人間として対応されれば、彼方も冷静に考えられた。
大人だって信用する事は難しいのに、子供の言う事を信用できるはずがない。
「でもね、そんな僕が茜さんに信用されるとためには、行動しかないと思う」
彼方はズボンのポケットから紙片を取り出す。
コンビニのレシート。千秋の部屋にあったものを勝手に拝借したものだ。
茜は一瞬そのレシートを睨みつけた。そして彼方の続きの言葉を待つ。
「見ての通りこれはコンビニのレシートだよ。買ったのはモンブランとサンドイッチと親子丼……このへんは千秋さんが食べるものだね」
「何を買ったかまでは覚えてねぇ。こういうおつかいはしょっちゅうなんでなぁ」
「でも、流石にタバコを買った時は覚えているでしょ」
レシートにある菓子類の中に、そのタバコの名はあった。
敦也の吸うタバコと同じ銘柄だ。
「敦也さんのいる離れにこのタバコを使って火をつけたの、茜さんだよね?」
いつもの好奇心旺盛な瞳で彼方は尋ねた。
「レシートの日付がほら、敦也さんが亡くなる前日なんだ」
「あぁ、敦也さんに頼まれたんだったわ。タバコ買って来いってさ」
「敦也さんは夏休み前に禁煙してたんだよ。……まぁ、このへんは確実じゃないし証拠にならないだろうからとぼけたっていいんだけど、それで話は終わらないよ」
ここで重要なのは茜が犯人という証拠ではない。
この『秘密』を知って、彼方が何をするかが重要だった。
「僕の拾ったものは証拠にならない。けど僕が警察に言って、その警察が奇特にもそれを信じて証拠を集めたら?」
「日本の警察がやる気になれば、証拠を集めるくらいはできるわな。俺が殺人犯で放火犯になるわけだ」
「まぁ、現実そうなるわけはないけどね。子供の意見なんてきっと信用されないし、加々美家もただの火災にしたいに決まってる」
「ん、そうだな。案外殺人事件って病死や事故に隠れているもんだ」
「けど、千秋さんはどうかな?」
ぴくりと茜の眉が動いたのを彼方は見逃さなかった。このレシートの本来の持ち主である千秋。もしも彼女がこのレシートを見るとしたら。
「そもそも千秋さんは事件の真相に気付きそうだよね。あれだけ先のことや人の考えが分かる人だもん。茜さんが犯人という可能性は当然考えてる。それなのに茜さんは証拠にもなるレシートを、わざと彼女に渡した」
普通、こういった事件で重要なタバコを買う時はこっそりとそれだけを買うしレシートは始末する。
おつかいの品と共に買って、そのレシートまで勘の良い人物に渡すだなんてあり得ない。だから茜はわざと千秋に、いつか見たら気付けるように渡したのだ。
「茜さんは千秋さんに自分が犯人である事を知らせたかったんだよ。この証拠のレシートがあれば千秋さんは絶対に気付くから」
「なんでまた彼方君の推理の中の俺はそんな事しちゃうのかね。何かメリットあんの?」
「メリットはないよ。ただ千秋さんが知るだけ。それから許されるか訴えられるかわからないけど、茜さんはそれが目的だったんじゃない?」
千秋の反応。それが茜の狙いだった。
彼女の推理力ならレシートで事件の犯人が茜であると確信する。茜はそれを望んでいた。ただ知っていて欲しかったのだ。
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