十歳の婚約

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■■■ いつもの狭い千秋の部屋で。彼方は夏休みの宿題の日記にとりかかっていた。 宿題は七月中に終わらせた彼方ではあるが、日記だけは早く終わらせようがない。 しかも学校の教育方針なのか、家の手伝いをした事や勉強量まで記さなくてはならなかった。 「八月三十日。晴れ。買い物のお手伝いをしました。本を読みました。婚約者ができました」 「……彼方君、学校に提出する日記にそんな事を書いちゃうんですか?」 「うん。だって今日はそれ以上の出来事はないからね」 日記をのぞいて千秋は頭をかかえた。 おそらく先生には日記をまとめて仕上げたためでたらめを書いたとされ、こっぴどく叱られるだろう。 「しかもおつかいって、私がアイスを頼んだだけじゃないですか」 「二人で分けるアイスっておいしいよね」 「読書だって私の貸した恋愛小説だし」 「もっと女性が年上の年の差ものが読みたいな」 千秋は諦めた。もう彼方の宿題など知らない。 新学期早々担任に叱られるのもいい薬だ。今の色恋に浮かれきった彼方には。 千秋と彼方は正式に結婚の約束をした。 合格と言える答えを彼方は示したと、茜から告げられた。ならば約束通り千秋は婚約する。 元々彼女も彼方の事が満更ではなかった。 少女漫画や恋愛小説を愛する彼女は一途な思いには弱い。 だから千秋は今、不自由な足でも膝で歩くようにして彼方に近付いた。 「私の旦那様になるのですから、勉強してもらわなければ困ります」 「わかった、勉強する」 すぐさま算数の予習にとりかかる彼方は変わり身が早かった。こうして操縦していこう、そう密かに考えて千秋は微笑む。 しかしいつまで操縦できるものなのか。彼方は年若い、というか幼い少年だからまだ扱いやすいのかもしれないが、それでも底知れない部分がある。 何せ秘密に気付き、あの過保護な茜が婚約を認めるような少年だ。 きっと何かある。それも秘密だ。 秘密は人間を魅力的に見せる。なので千秋は探るのをやめた。 本気で探れば何でも知れてしまう自信があるからこそ、この秘密だけは触れずに居る事にした。 END
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