十歳の婚約

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■■■ 行動、とは言ってもその決意をした時にはもう夜も更けていた。 使用人も各自休みかけているところで、子供の彼方には何もできない。 ひとまず彼は加々美家敷地内にある住み込み使用人達の居住スペースに帰り、風呂に入る事にした。 居住スペースは古びたアパートを思い出す作りだった。彼方は母と二人でそのうち一部屋に住んでいる。備え付けの二段ベッド上が彼方のスペースだ。 ちなみにトイレ風呂は男女別の共用。勿論彼方は男風呂を利用した。 個人宅用くらいの大きさの風呂場の湯船に肩まで浸かる頃、彼方は脱衣所に人の気配を感じた。 『彼方か。俺も入っていいか?』 「いいよー」 共用の風呂なら同性と鉢合わせる事もある。立場やタイミングなどから譲りあう事もあるが、彼方が相手ならここに住む男性は皆は気にせず一緒に入った。普段大人一人で使うような風呂だが、まだ小さい彼方とならば少し狭くなるくらいだ。 「ふぅ、助かった。火事場の後片付けでもう全身こげくさくってなぁ」 風呂に入って来たのは茜だった。細いがしなやかに筋肉のついた体に古傷がちらほらあるのを見えて、彼方は見ているだけで痛くなり目を反らした。 そういえば彼方は今まで茜と風呂場で鉢合わせた事がなかった。時間帯が違うのだろう。 「彼方、お嬢さんと本気で勝負するんだってな」 「うん。千秋さんから聞いた?」 「あぁ、審判も引き受けた。だから半端な事はするなよ」 まず茜は煤にまみれた顔と頭を洗いだした。前髪を上げれば野性味のある整った顔が現れる。 彼は消防と共に焼跡の状況確認と後始末をしていたらしい。 「茜さんは今回の勝負、反対してる?」 「んー? お嬢さんが決めた事なら反対しねぇよ」 「でも、僕の話は急すぎたし。……人が死んだ後に言う事じゃなかったよね?」 反省した様子で彼方は尋ねた。しかしそれは茜の反応を見たいだけで、あの判断は間違いだなんて思っていない。 彼方が求婚しなければ茜が求婚したのではないか、そんな疑問があった。しかし彼は変わらない様子でシャンプーを泡立てている。 「別にいいんじゃね。欲しいもんにはがつがつ行っても」 「え……」 「欲しいもんはあっという間になくなるか、かっさらわれる。お前が欲しいもんは他の奴だって欲しくなって当然だ。空気読んでたから何も得られなかったー、なんて後悔するに決まってる」 年長者としての経験のように語る。とりあえす茜は頭ごなしな否定はしない。不正や妨害をする事もなさそうだ。 「けど彼方、お前も思いきったな。確かにお嬢さんは美人になるだろうし能力さえあれば金銭面も安泰だ。けど婚約したらもう浮気もできねぇんだぜ」 茜は頭や体を洗い流し、濡れた黒髪を軽くしぼって空いたスペースの浴槽につかった。大人一人分の体積の湯が溢れる。 「浮気なんてしないよ」 「いやいや、そういうやつこそ浮気するんだって。普通の女でさえ簡単に浮気を見抜くんだからな。あのお嬢さんの前で浮気を誤魔化せると思うなよ。素直に謝れ」 彼方が婚約し浮気をする前提の話だ。つまり茜は彼方の勝ちもあり得ると考えているらしい。
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