募る寂しさと罪悪感

1/1
前へ
/25ページ
次へ

募る寂しさと罪悪感

 僕、夏池太陽は、耳を疑った。  群咲さんの歩きスマホが、瞳ちゃんを線路の方へ押し出し――殺したというのだ。  彼女は事実を僕に吐き出した後、声を押し殺しながら泣いている。  きっと、トラウマなんだろう。瞳ちゃんを殺した事が。  だから、瞳ちゃんの墓に来たくなかった。  だからさっき、体調を崩した。そういう訳なんだろう。きっと。 「今の話、前の彼氏にも、話したりは……?」  こくりと頷く群咲さん。 「……私の全部を知ってもらった上で、好きになってほしかったから……喋った」 「でも、彼氏……今はいないんだっけ?」 「ん……」  群咲さんは鼻をすすって、息を整えた。 「そう……あははっ。ひーちゃん殺したよって……告白したら、そしたら、離れてった…………」  酷い話だ。群咲さんは勇気をもって伝えたんだろうに。 「歩きスマホをうるさい程指摘してたの、それが原因かよこの人殺しって言われた時は――」  完全に涙声になっている彼女は、眼を閉じてぼろぼろ涙を流しながら、心の内を吐き出した。 「――キツかったなあ」  抱きしめて、慰めてあげたいと、心から思った。  そう思ったのは、罪悪感も手助けしたからだろう。  瞳ちゃんが生きていると言えない事への、罪の意識が。 「親は、私の事、腫物を扱う様な……感じで、……それが余計に、人殺しって、言われてる、思われてる様な気がして…………」  言っちゃなんだけど今のを聞いていると、群咲さんは被害妄想が激しくなってしまっているんのだろう。  その激しさはきっとトラウマからくるのだろから、今はどうしようもないのかもしれない。 「よー君、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」  許されたい。でも、きっと許されない。それでも謝りたい。  そんな気持ちが伝わる、悲壮感のある叫びだった。 「許すよ、許す。全部許すから……」  僕は、群咲さんの頭を抱いた。  キスはしてあげられないけど、これくらいはいいだろう。  ここで味方になってあげないと、彼女は駄目になりそうだし。  外でも家でも味方がいないなら――仕方ない。せめて僕だけでも。 「……厚顔無恥だって。殺した人の彼にこんな、許してもらおうなんて、駄目だって、無理だって、思ってた……」 「そんな事はないよ。群咲さんは瞳ちゃんを殺した事を後悔して、歩きスマホ対策して、それでもなお苦しんでる」  本当なら、僕は許すべきじゃないんだと思う。  群咲さんの言うとおり、瞳ちゃんを殺した仇でもあるんだから。  けど、憎くて殺したわけじゃない。殺したくて殺したんじゃない。ただ――不注意だっただけだ。  不注意の代償が、大きすぎただけだ。  僕は今、群咲さんが少しだけ憎いけど、許したいと思う。  仕方ない仕方ない仕方ない。許す許す許す――仕方ない――許す。  ――許してあげたい。  現在瞳ちゃんが生き返ってなくても多分、許せたと思う。  だって、僕より群咲さんの方が――辛い筈だから。  大好きだった親友を、己の不注意で殺してしまった。  泣いても泣ききれないと、僕は思う。 「誰が許さなくても、僕は群咲さんを許すよ。だから、安心して……ね?」  抱いていた腕を緩めると、彼女は頭をあげて、再び額を合わせてきた。  なんとなく、彼女の後頭部を撫でながら、慰めてあげる。 「つらかったね、……寂しかったね」  もうどうしようもない。もう辛抱たまらない。  群咲さんはそんな顔をしながら、またしても唇を僕に近づけて来た。  一瞬の事だったので、僕は反応できなかった。  ――むっちり。  先程以上の、唇の強い押し付け。  首と頭の後ろに手を差し込んで、ガッチリホールドしてからのキスなので、唇を離そうにも離せない! 「あーもう、好き! 好き好き好き好き! 大好きっ!」 「ちょ、やめて! やめてお願いだから!」  押し付けるキスが終わったら、今度は顔じゅうに軽いキスを乱射された。  鼓動が高鳴って、胸が苦しくて仕方がない。 「……私にキスされるの、…………いや?」 「…………そういう訳じゃ、ないけど」  ここで嫌だって言えないのが、僕の駄目な所なんだろう。  でも、それは仕方ないじゃないか。  僕は、本当に嫌いな人にしか、ハッキリ嫌いだって言えないよ……。 「ならいいじゃん!」 「よくないからっ!」  僕は群咲さんの腰を全身全霊で持ち――上半身を起こした! そしてそのままスタンダップ!  群咲さんだけは、地面に女の子座り! 「いい!? 僕にはね、瞳ちゃんがいるの!」  僕は手を墓の方に差し出した。  つられて群咲さんも瞳ちゃんの墓を見るも、僕の方へ顔を向き直して、ニヤリと笑った。 「ねえひーちゃん。よー君もらっちゃっていい?」  勢いよく立ち上がりながら、耳の裏に手をあてて聞きの態勢に入る群咲さん。 「いーよー?」  そして裏声でセルフ返事!  問いも答えも全部群咲さんオンリー! 「……ほら」  きょとんとした顔で僕を見つめる群咲さん。 「ほらじゃないから!」 「いいじゃんいいじゃん! ひーちゃんだって、毎日お墓に参られたら、心配になるだろうし! これからは私と一緒にいようよ!」 「……え?」  思いもよらぬ言葉が彼女から飛び出たせいか、僕の頭はショックを受けた。  心配って、……なにが? 「多分、ひーちゃんならこう言うよ?」 「……えっと……」  群咲さんはごほんとわざとらしく咳ばらいをしてから、ほざいた。 「いい、太陽? アタシ、アンタにはちゃんと生きてほしいの。だから――毎日は来ない! 年一にして! もちょっと前向いて生きなさいよ、この馬鹿!」  …………言いそうだ。  瞳ちゃんなら、言うかもしれない。……いや、言うだろう。 「どう!? 結構似てない!? なんだかんだ、よー君よりはひーちゃんとの付き合い長いんだから!」  僕が瞳ちゃんと出会ったのは中学だけど、群咲さんは幼稚園だ。完全に幼馴染だ。 「あ、それと、これも言いそうかな」 「……どんなの?」  自身満々な笑顔で、群咲さんは――今日、僕が効いた台詞をクチにした。 「それでも毎日来るんだったら、言ってやるわ。……アンタ――もう、二度と来るんじゃないわよ!」  最後の、二度と来るんじゃないわよは、完全にモノマネの域を超えていた。  いや、モノマネなんだけど、声変わりした瞳ちゃんに言われてる気がしてしまった。 「……なんてね。でも、ひーちゃん。墓参りは、私と来よ? いっくらでも付き合うから、ね?」  ぎゅっと、群咲さんは僕の腕を取り、抱いた。  瞳ちゃんにもされた事あったけど、いかんせん胸のボリュームが違い過ぎる。 「まあ、一緒に墓参りは、別にいいんだけど……」 「やった!」  更にぎゅっと抱き着く力をあげて、嬉しそうに顔をほころばせる群咲さん。 「その……腕、離して? お願い」  群咲さんはにやにや笑いながら、力を更にこめた。 「えー? なんでー?」  表情から察するに、分かってやってるみたいだ。 「やー、でも、さっきよー君すごかったね?」  腕から離れないまま、群咲さんはよくわからない事を言った。 「さっき? 僕の何がすごかったの?」  彼女を許した事だろうか?  それ以外に見当がつかない。 「いやさ、……ほら、よー君を押し倒した後さ、私、胸押し当ててめっちゃキスしたじゃん?」  そうだったね。興奮して仕方なかったけど。 「よー君、途中からすごい勃起してたよ? 気づいてた? 今もまだしてるけど」 「えっ!?」  ――気が付けば、僕の息子は直立していた!  こんにゃろう、今すぐおさまれ! おさまれおさまれ!  ……よし、良い子だ。 「おっきかったよ? よー君のおち――」 「言わないでいいから!」 「太ももに触れるよー君のよー君が……」 「ちょっと黙ろうか!?」  夜の墓地に似合わない雰囲気で会話をしながら――お互い、帰路についたのだった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加