7人が本棚に入れています
本棚に追加
募る寂しさと罪悪感
僕、夏池太陽は、耳を疑った。
群咲さんの歩きスマホが、瞳ちゃんを線路の方へ押し出し――殺したというのだ。
彼女は事実を僕に吐き出した後、声を押し殺しながら泣いている。
きっと、トラウマなんだろう。瞳ちゃんを殺した事が。
だから、瞳ちゃんの墓に来たくなかった。
だからさっき、体調を崩した。そういう訳なんだろう。きっと。
「今の話、前の彼氏にも、話したりは……?」
こくりと頷く群咲さん。
「……私の全部を知ってもらった上で、好きになってほしかったから……喋った」
「でも、彼氏……今はいないんだっけ?」
「ん……」
群咲さんは鼻をすすって、息を整えた。
「そう……あははっ。ひーちゃん殺したよって……告白したら、そしたら、離れてった…………」
酷い話だ。群咲さんは勇気をもって伝えたんだろうに。
「歩きスマホをうるさい程指摘してたの、それが原因かよこの人殺しって言われた時は――」
完全に涙声になっている彼女は、眼を閉じてぼろぼろ涙を流しながら、心の内を吐き出した。
「――キツかったなあ」
抱きしめて、慰めてあげたいと、心から思った。
そう思ったのは、罪悪感も手助けしたからだろう。
瞳ちゃんが生きていると言えない事への、罪の意識が。
「親は、私の事、腫物を扱う様な……感じで、……それが余計に、人殺しって、言われてる、思われてる様な気がして…………」
言っちゃなんだけど今のを聞いていると、群咲さんは被害妄想が激しくなってしまっているんのだろう。
その激しさはきっとトラウマからくるのだろから、今はどうしようもないのかもしれない。
「よー君、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
許されたい。でも、きっと許されない。それでも謝りたい。
そんな気持ちが伝わる、悲壮感のある叫びだった。
「許すよ、許す。全部許すから……」
僕は、群咲さんの頭を抱いた。
キスはしてあげられないけど、これくらいはいいだろう。
ここで味方になってあげないと、彼女は駄目になりそうだし。
外でも家でも味方がいないなら――仕方ない。せめて僕だけでも。
「……厚顔無恥だって。殺した人の彼にこんな、許してもらおうなんて、駄目だって、無理だって、思ってた……」
「そんな事はないよ。群咲さんは瞳ちゃんを殺した事を後悔して、歩きスマホ対策して、それでもなお苦しんでる」
本当なら、僕は許すべきじゃないんだと思う。
群咲さんの言うとおり、瞳ちゃんを殺した仇でもあるんだから。
けど、憎くて殺したわけじゃない。殺したくて殺したんじゃない。ただ――不注意だっただけだ。
不注意の代償が、大きすぎただけだ。
僕は今、群咲さんが少しだけ憎いけど、許したいと思う。
仕方ない仕方ない仕方ない。許す許す許す――仕方ない――許す。
――許してあげたい。
現在瞳ちゃんが生き返ってなくても多分、許せたと思う。
だって、僕より群咲さんの方が――辛い筈だから。
大好きだった親友を、己の不注意で殺してしまった。
泣いても泣ききれないと、僕は思う。
「誰が許さなくても、僕は群咲さんを許すよ。だから、安心して……ね?」
抱いていた腕を緩めると、彼女は頭をあげて、再び額を合わせてきた。
なんとなく、彼女の後頭部を撫でながら、慰めてあげる。
「つらかったね、……寂しかったね」
もうどうしようもない。もう辛抱たまらない。
群咲さんはそんな顔をしながら、またしても唇を僕に近づけて来た。
一瞬の事だったので、僕は反応できなかった。
――むっちり。
先程以上の、唇の強い押し付け。
首と頭の後ろに手を差し込んで、ガッチリホールドしてからのキスなので、唇を離そうにも離せない!
「あーもう、好き! 好き好き好き好き! 大好きっ!」
「ちょ、やめて! やめてお願いだから!」
押し付けるキスが終わったら、今度は顔じゅうに軽いキスを乱射された。
鼓動が高鳴って、胸が苦しくて仕方がない。
「……私にキスされるの、…………いや?」
「…………そういう訳じゃ、ないけど」
ここで嫌だって言えないのが、僕の駄目な所なんだろう。
でも、それは仕方ないじゃないか。
僕は、本当に嫌いな人にしか、ハッキリ嫌いだって言えないよ……。
「ならいいじゃん!」
「よくないからっ!」
僕は群咲さんの腰を全身全霊で持ち――上半身を起こした! そしてそのままスタンダップ!
群咲さんだけは、地面に女の子座り!
「いい!? 僕にはね、瞳ちゃんがいるの!」
僕は手を墓の方に差し出した。
つられて群咲さんも瞳ちゃんの墓を見るも、僕の方へ顔を向き直して、ニヤリと笑った。
「ねえひーちゃん。よー君もらっちゃっていい?」
勢いよく立ち上がりながら、耳の裏に手をあてて聞きの態勢に入る群咲さん。
「いーよー?」
そして裏声でセルフ返事!
問いも答えも全部群咲さんオンリー!
「……ほら」
きょとんとした顔で僕を見つめる群咲さん。
「ほらじゃないから!」
「いいじゃんいいじゃん! ひーちゃんだって、毎日お墓に参られたら、心配になるだろうし! これからは私と一緒にいようよ!」
「……え?」
思いもよらぬ言葉が彼女から飛び出たせいか、僕の頭はショックを受けた。
心配って、……なにが?
「多分、ひーちゃんならこう言うよ?」
「……えっと……」
群咲さんはごほんとわざとらしく咳ばらいをしてから、ほざいた。
「いい、太陽? アタシ、アンタにはちゃんと生きてほしいの。だから――毎日は来ない! 年一にして! もちょっと前向いて生きなさいよ、この馬鹿!」
…………言いそうだ。
瞳ちゃんなら、言うかもしれない。……いや、言うだろう。
「どう!? 結構似てない!? なんだかんだ、よー君よりはひーちゃんとの付き合い長いんだから!」
僕が瞳ちゃんと出会ったのは中学だけど、群咲さんは幼稚園だ。完全に幼馴染だ。
「あ、それと、これも言いそうかな」
「……どんなの?」
自身満々な笑顔で、群咲さんは――今日、僕が効いた台詞をクチにした。
「それでも毎日来るんだったら、言ってやるわ。……アンタ――もう、二度と来るんじゃないわよ!」
最後の、二度と来るんじゃないわよは、完全にモノマネの域を超えていた。
いや、モノマネなんだけど、声変わりした瞳ちゃんに言われてる気がしてしまった。
「……なんてね。でも、ひーちゃん。墓参りは、私と来よ? いっくらでも付き合うから、ね?」
ぎゅっと、群咲さんは僕の腕を取り、抱いた。
瞳ちゃんにもされた事あったけど、いかんせん胸のボリュームが違い過ぎる。
「まあ、一緒に墓参りは、別にいいんだけど……」
「やった!」
更にぎゅっと抱き着く力をあげて、嬉しそうに顔をほころばせる群咲さん。
「その……腕、離して? お願い」
群咲さんはにやにや笑いながら、力を更にこめた。
「えー? なんでー?」
表情から察するに、分かってやってるみたいだ。
「やー、でも、さっきよー君すごかったね?」
腕から離れないまま、群咲さんはよくわからない事を言った。
「さっき? 僕の何がすごかったの?」
彼女を許した事だろうか?
それ以外に見当がつかない。
「いやさ、……ほら、よー君を押し倒した後さ、私、胸押し当ててめっちゃキスしたじゃん?」
そうだったね。興奮して仕方なかったけど。
「よー君、途中からすごい勃起してたよ? 気づいてた? 今もまだしてるけど」
「えっ!?」
――気が付けば、僕の息子は直立していた!
こんにゃろう、今すぐおさまれ! おさまれおさまれ!
……よし、良い子だ。
「おっきかったよ? よー君のおち――」
「言わないでいいから!」
「太ももに触れるよー君のよー君が……」
「ちょっと黙ろうか!?」
夜の墓地に似合わない雰囲気で会話をしながら――お互い、帰路についたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!