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事件の匂いは死の匂い
昼休み。
昨日の宣言通り陽花ちゃんが弁当を作って来てくれたみたいで、それを食べる事になった。
支払いについては後でちゃんと詰めておこうと思う。
「……うまっ」
一口食べただけで分かる、陽花ちゃんの料理上手さ。
もしかしなくても、母さんより上手い。
余談だけど、結構前に瞳ちゃんに料理を教えて欲しいって言ったらぶっ飛ばされた事がある。懐かしい……。
「でっしょー!? 一生作ってあげても、いーんだよー?」
それはお断りさせてもらうよ。
「はっ! どうせビッチが作ったビッチ飯だ! 隠し味に陰も――へぶうっ!」
「馬鹿なんじゃないの!? ほんっとに! もう!」
保月君が陽花ちゃんに平手打ちされた。自業自得だ。
「こら、よー君! ねぶり箸は駄目なんだからね!」
「あ、はい……」
この後、迷い箸についても指摘された。
実は、学校に辿り着いて少し話をした後(胸を押し付けるくだりの後)、僕は陽花ちゃんに突っ込まれていた。
頭がぼさぼさで、顔も薄汚いと。
薄汚いってなんだと思ったけど、今日もまた顔を洗ってないんじゃないかという指摘だったみたいで。
陽花ちゃんはブラシを取り出し、僕の頭をてきぱき整えてくれた。
次いで彼女自身のハンカチタオルを濡らしてきてくれて、しかも顔を拭いてくれた。
全く、なにかとよく気がつく陽花ちゃんだ。
「駄目だよ! 手でクチ拭いちゃ! ほら!」
「ご、ごめ――むぐっ」
陽花ちゃんは甲斐甲斐しく、持参のティッシュで僕のクチを拭いてくれた。ありがたい事だ。
「お前よお、母親じゃねえんだから、そんな世話やいてんじゃねえよ、見てるだけでうざってえ……」
「……ふんっ」
気分を害したかの如く、そっぽを向く陽花ちゃん。
「いや、僕は嬉しいけどね?」
「――やっぱり好きっ! 大好きっ!」
抱きしめられてしまった。
しかも、陽花ちゃんの胸に顔を抱かれるといった具合で。
「……なにげに良いカップルになんじゃねえの?」
ニヤニヤと鼻で笑いながら、そんな冗談を言う保月君。
「だよね! 君、分かってる!」
「僕には瞳ちゃんが居るんだけどね?」
「それなら嬉しいとか正直に吐露してんじゃねえよバーカ」
割と真顔で保月君に指摘された。確かに、そうなんだよね……。
「なにが馬鹿よバカ! よー君は優しいから、君みたいに簡単に他人をつっぱねたりできないの!」
僕が若干傷心気味なのを察してか、とっさに庇ってくれる陽花ちゃん。
「…………なるほど。それが分かっててその行動か。流石腹黒ビッチ」
「誰が腹黒ビッチよっ!」
二人が仲良く喧嘩している間に、僕は昼食を終えた。
そのうち昼休みも終了し、午後の授業も順次こなし――放課後。
墓参りに行く前に、ちゃんと連絡をする事を陽花ちゃんに約束をして、バイト先である瞳ちゃんの家に向かう。
昨日は瞳ちゃんからクビ宣言されたけど、お義父さんにはされてないので出勤義務がある。
義務なんかなくても、瞳ちゃんちには来るけどね。
「……あれ?」
職場に辿り着くなり、僕はインターホンを鳴らした。
少し待っても、瞳ちゃんは出てこない。
もっかい鳴らして数分待っても、全然出てこない。
仕方ないので、あらかじめ渡されていた鍵を使って家の中に入る。
瞳ちゃんが家にいないって事はないだろうけど、たまにまだ寝てたりするからね。
必用な時は鍵を使うようにと言われている。
「おーい、瞳ちゃん? 起きてる?」
こんこんと、瞳ちゃんの部屋の扉をノックする。
以前、彼女が寝ていた時、勝手にドアノブひねって中に入ったら怒られた。
乙女の寝顔をのぞくとは何事かと。
でもまあ、このまま時間だけ経過するのもなんなので、怒られる覚悟で部屋に入ろうとした――んだけど。
扉が開かない。鍵がかかってるみたいだ。
「ねえ、瞳ちゃん? 起きてる? 寝てるんだよね? 起きて?」
こんこんこんこんと、連続でノックしてみた。
それでも返事がないので、断続的に数分間ノックしてみた――ら。
「うるさいっ! クビっていったでしょ! 帰れ!」
扉の奥から、瞳ちゃんの怒鳴る声が聞こえて来た。
「いやでも、お義父さんには来るようにって言われてたんだけど?」
「アンタ、アタシより親父の言う事聞くっての!? 随分と偉くなったもんね!」
いやいや、瞳ちゃんにはかなわないよ。
ライオンとアリくらい差があるからさ……。
「んー、まあとりあえず仕事だから、お義父さんの言う事は聞いておかなきゃいけないし?」
「そう…………アタシ達って、仕事だけの関係、だったの?」
そういう訳じゃないんだけどなあ……。
「違うけど……」
「ならアタシの言う事聞きなさい! 帰れ! 今すぐ! 今すぐ帰れええええっ! ……ごほっ」
瞳ちゃんは身体が弱い。
あまり怒鳴ると、声帯が切れて声が出なくなってしまう。
「ちょ、落ち着いて瞳ちゃん? 体にさわるよ?」
「ごふっ……うっさい! 帰って! 帰ってよお!」
そう言われても、流石にこのまま帰る訳にはいかない。
「僕は、瞳ちゃんに会いたいな? 何があったかわからないけど、中にいれてくれない?」
「…………ぐしゅっ」
瞳ちゃんの、鼻をすする音が聞こえてくる。
「やだ、やだよお! 今日は帰ってってばあ! お願いだからあ! ねえ! お願いよおっ!」
「…………ちょっと待ってね?」
涙声でお願いされたら、僕はこれ以上言えない。
とにかく何かあったんだろうし、今すぐそれなりの対処をする必要はある筈だ。
「……もしもし、お義父さんですか?」
扉から少し離れて、僕はお義父さんに電話をかけた。
部屋に入れてもらえない事、何かあったっぽい事だけを伝える。
『夏池君、すぐ帰りますので、それまで待っていて下さい』
お義父さんは忙しいだろうに、即座に帰宅してくれるという。
それだけ瞳ちゃんを大切にしているという事だろう。
電話から十数分後、お義父さんがやってきた。額に汗をかいている。かなり急いでくれたのだろう。
「瞳? お父さんですよ? 何かありましたか?」
僕に会釈だけをし、娘との会話をこころみるお義父さん。
「…………太陽、いるの?」
「いるよ?」
「太陽いるなら、話せない。駄目」
お義父さんは申し訳なさそうに、僕に呟く
「すみませんが、玄関で待っていて下さい。時間がかかりそうなら、連絡しますから」
「……はい」
僕は、瞳ちゃんに「僕、離れるね」と一言かけてから、指示通り玄関にやってきた。
そこから一時間は待っただろうか、泣き腫らした顔のお義父さんが現れた。
「申し訳ございません、夏池君。今日は帰って下さい。明日またお願いします。事情はその時にでも」
「はい……」
何かあったんですかと、聞きたかった。
けど、明日教えてくれるというので、ここはスルーしておくべきだろう。
「では、失礼します」
「こちらこそ、失礼致しました」
お互いお辞儀をして、僕は玄関から出ていこうとした――その時。
「……夏池君」
「はい」
扉を半分だけ開けた状態で、振り返って返事をした。
「瞳の為に、死んで頂けるかどうか、決めて下さいましたか?」
お義父さんは、悲壮感たっぷりに聞いてきた。
まるで、今すぐにでも死んでほしいと言わんばかりに。
「いえ、まだ……」
「そうですか……」
はあ――と、深々と溜息を吐くお義父さん。
「あ、すみません」
溜息に対する謝罪だろう。
「かまいません。……では、失礼します」
瞳ちゃんの家から離れ、墓参りの道具を取る為に自宅へ向かう。
その道中、どうしても考えてしまう。
本当は、瞳ちゃんは今すぐにでも人間に戻らないと駄目なんじゃないか――と。
確信はないけど、あのお義父さんの様子を見ると、そうとしか思えない。
やっぱりどう考えても、オカシイんだ。
僕が瞳ちゃんの為に死ななくてもいい、断ってもいいのなら、話をする必要すらない。
僕が社会人になってから、お義父さんが死ねばいいんだ。酷い話だけどね。
でも、本人が言っていたんだ。「夏池君。現時点で君が既に社会に出て、働いていたのであれば――ここは、私の出番でした。私の血を、瞳に吸わせていたと思います」と。
本当にそう思ってたんなら、今の顔は無い。あの溜息は――無い。
……ちょっと穿ち過ぎだろうか?
「僕は、どうしたらいいんだろう……」
ぐだぐだ考えてるうちに自宅に辿り着いた。
用意が出来てから、スマホで陽花ちゃんに連絡をする。
「バイト今日なくなったから、今から墓にいくよ……っとな」
返事は秒で行われ――そこから墓まで移動した。
別に暗くなってないけど、とりあえず和尚さんに挨拶をしておく。
和尚さんが寺の中に消えたと同時に、陽花ちゃんがやってきた。
「おっまたせー!」
元気いっぱいに走ってくる陽花ちゃん。可愛い。
「さ、いこっか!」
「うん」
歩き出すと、当然のごとく僕の腕に抱き着いてくる陽花ちゃん。
暑苦しいなんて、冗談でも言えない。
「やー、今日から二人の共同作業になるんだねー?」
「妙な言い方しないでよ」
「一緒に、瞳ちゃんを綺麗にしてあげよーね?」
「そうだね」
なんて、二人で話しながら墓を掃除していると――僕のスマホから着信音が鳴った。
電話の相手は、伯母さん。
母さんのお姉さんだ。
「はい、もしもし?」
『太陽ちゃん、落ち着いてきいてね? 君の母親の事なんだけどさ――』
「えっと、母がどうかしました?」
時間的に、まだ勤務中の筈だ。
それなのに母さん関連で電話が来るなんて、嫌な予感しかしない。
『――病院に、運ばれたって……』
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